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妹と弟とシグ・ザウエルP226
 

 

「社長!」
 と社長室に入るなり叫んだ事には意味があった。
 ちょっとした先制攻撃、かつ会話のイニシアチブを取るためだ。とにかくまず話を聞いてほしかった。
 ソファーに腰掛けるシャロンと先生を尻目に俺は社長のデスクに歩み寄ると、朝と同じように片手を付いた。
 それから大きく息を吸う。
 それを言葉に代えて吐き出そうとした瞬間、俺の口に蓋でもするように社長が一枚の紙を取り出した。
 やっぱりこの辺巧いよな。あっさり呼吸を読まれてしまった。年の功ってやつだろうか。
 仕方なく社長の手から紙を受け取って目を落す。
 二十二時、高柴の廃工場にて待つ。
「何ですか、これ」
 視線を紙から社長に戻した俺はとりあえず訊いてみた。答えは何となく分かっていたが。
「古風な言い方をすれば果たし状だな。ついさっき電子メールで届いた。私たちの頃は黒電話がじりりんと鳴ったものだがな」
 昔を思い出したのか楽しそうな社長。もっともこっちは全く楽しくない。
 当たり前だ、撃ち合うのは俺たちなんだから。
 印刷された配信時間を見るに、ちょうど俺たちが襲撃された時刻に出されたらしい。
「襲撃失敗を受けて出されたとみるのが一番妥当でしょうね」
「だろうな。まぁウチには敵も多い。偶然、このタイミングでということも考えられるが、可能性は薄いだろう」
 社長は自分で行った事を確かめるように肯き、指を組んで俺の顔を見上げた。
「にしても、だ」
 言いながら社長に向けていた体を九十度左に回転させる。
「なぜ先生があんな奴らに命を狙われなきゃならない」
 俺を含め、その場にいる全員に問う。だがどこからも答えは帰ってこなかった。
 仕方なく視線をある一方に向ける。
「心当たりはありませんか、先生」
「いえ、全く」
 だよなぁ。俺たちみたいな仕事でもしてない限りあんなに派手に命を狙われる心当たりなんてあるわけない。
 そこまで考え、俺は手にしたメールにふと目を落した。
 二十二時、高柴の廃工場にて待つ。
 思い出せ。あの時電話の相手は何と言った? そう、確か「皆川はるかから手を引け」だ。
 奴らが先生の命を狙っていることは間違いない。
 考える。
 おかしい。先生の命だけが目的なら、俺たちを呼び出して一戦交える必要なんてこれっぽっちもないはずだ。
 ということは何か、奴らは俺たちの命も狙ってるってことか。
 奴らが俺たちの命を狙う理由。先生を殺すのに邪魔。可能性としてはあり得る。
 俺たちが先生に張り付いている限り先生を殺す事は困難である、と先程の一戦から奴らは判断したのかもしれない。
 俺たちが廃工場に行くかどうかは別にして、そう考えれば一応の説明はつく。
 仲間を撃たれた恨みもあるだろうし、万全の態勢で迎えてきっちり殺りたいのかもしれない。
 廃工場へ行けば百パーセント何らかの仕掛けはあるだろう。
 さて、どうしたものか。
「で、どうする。行くのか行かないのか」
 社長の言に俺は眉間に皺を寄せる。
「何を言ってるんですか。それを決めるのが社長の仕事でしょう。ただ希望を言わせてもらえるなら、行きたいです」
「理由は?」
「先生を狙っているのが何者か分からない以上、相手の懐に飛び込んでみるのも一つの手かと。それに、そっちの方が手っ取り早そうだし」
「私も賛成」
 それまで黙っていたシャロンが不意に声を出す。
「みえみえの挑発だけどこんな事で引いてたんじゃいい笑いものよ。この業界弱者は強者の餌でしかない、誰の名言だったかしら」
 そう言ったシャロンの目は笑いつつもしっかりと社長を見ていた。
 社長はシャロンに向かって笑い返すと、俺の顔を見ながら小さく肯く。
 おそらく奴らもこれを見越してこんな果たし状を送ってきたのだろう。シャロンの言う通り俺たちは引けないのだ。
「じゃあ上司の許可もとれたところで早速行くか」
 俺の呼びかけにシャロンが立ち上がって伸びをした。気負った様子はまったくない。
 ハンバーガーでも食べに行くような感じだ。
「あの、お兄さん」
 社長室を出ようとした俺にかかる遠慮がちな声。
 少し翳った表情で俺を見上げた先生は口を開きかけ、閉じてしまった。
 それでも深く艶のある黒い瞳はじっと俺を見つめている。
 そんな先生に俺は口を開きかけ、やっぱり閉じてしまった。
 握った拳に汗をかく。一体何を言えばいいんだろうか。
 様々な言葉が超音速で頭の中を飛び回る。というか、俺は何でこんなに焦ってるんだ。
 別に助けが欲しかったわけではないが、シャロンのほうをちらりと盗み見るとなぜか彼女はキスのジェスチャーをしていた。それもかなり熱い。
 ばかやろう。
 シャロンに向かって心の中で呟くと少しだけ落ち着いた。痒くもない頭を掻いて言う。
「会社にいれば絶対に安全です。その、安全です。あー……ちょっとだけ行ってきます」
 我ながら情無い。ただこれ以上頭を使ったところで感動的なセリフなど出てきそうになかった。
 と、なぜか先生がうつむいてしまう。
「すみません。こんな事になってしまって」
 先生の口から漏れた謝罪に俺の眉はハの字になった。
「何で先生があやまるんですか?」
「その、私のせいでお兄さんとシャロンさんを危ない目に」
 そのセリフに俺とシャロンは顔を見合わせると同時に吹きだした。
 この人はどこまで真面目なんだろうか、ほんとに。まぁ、一歩間違うと卑屈になってしまうんだけど。
「先生」
 静かに呼びかける。
「場にそぐわない謝罪は悪意をもって受け取られることがあるんで気をつけたほうがいいですよ。あなたは悪くないよって言って欲しいの? という風に相手が思わないとも限りませんし」
 口をわずかに開いた先生を目で制し、続ける。多分、反射的に「すみません」を言おうとしたのだろう。
「これが俺たちの仕事ですし、何より俺は先生を守ると約束しました。だから先生は『その羽の無い扇風機より価値の低いバカみたいな命、私のために派手に散らして来い』くらいに思えばいいんです」
 最後に「ね」と付け加え、俺は笑って見せた。
 もちろん先生が素直に肯くはずもない。
 俺は先生にもう少し無責任になって欲しかったのだ。責任感が強いのはいい事だとは思う。
 しかし限界を超えて荷物を背負ったところで歩けはしないし、潰れるのも時間の問題だ。
 そして限界を超えて荷物を背負ってる人間に限って他人の荷物を見ては「あれは私の荷物じゃないだろうか」と思ったりする。
「俺の荷物は俺が背負います。そんなにヤワじゃないし。だから先生が謝る必要なんて欠片もないんです」
 先生はしばし俺の顔を見つめていたが、やがて一つ肯いた。
 表情を見るに心の底から納得できてはいないんだろうけど。性格だろうな、この辺。
「明日は優奈ちゃんと優希君を迎えに来られるんですよね」
「ええ、もちろん」
「嘘は……ダメですよ」 
 答えて俺は肯き、口元を緩めた。
「ひゅーひゅー。ラブラブ? ラブラブ?」
 とりあえずシャロンを無視して社長の方へ向き直る。
「先生のことお願いします」
「ああ」
 社長の短い返事を確認、俺は部屋を出た。
 後ろ手に重い扉を閉め、息を吐く。
 さすがにこの時間の社内は静かだ。リノリウムの床を一歩進むたびに大きな足音がした。
 空気が重さとなって肩にのしかかってくる。やはりこれからの事を考えると気が沈む。
 数時間後には血だまりの上で冷たくなっているかもしれないのだ。
 心臓に氷のこてを当てられたような気分になる。だがこの気持ちを忘れてはならない。
 死ぬのが恐い。死にたくない。だからこそ俺は全力で生きる。
「ねぇ、どうしてキスしなかったの? せっかく煽ってあげたのに」
 緊張感のないのが一人。
 立ち止まった俺は腰に手を当てて振り返った。なぜかシャロンは実に不満げな表情で俺を見上げている。
「何でキスしなきゃならないんだ」
「何でって」
 そこで言葉を切ったシャロンは続けて何か言おうとしたようだが、結局大きく手を振って黙ってしまった。
 一体何がそんなに気に入らないんだろうか。訳が分からない。俺が何をしたっていうんだ。
 だがこのまま黙っていると一方的に俺が悪いような気がして悔しいので、それっぽいことを言ってみる。
「日本人はそう簡単にキスしないんだよ」
「あなたはしなさ過ぎるのよ」
 その瞬間、脇腹を激痛が襲った。思わず涙が溢れ、奇声を発しながら廊下をのた打ち回りたくなる。
 だが何とかそれを「男の子の意地」で押さえ込み、俺はシャロンを睨みつけた。
「バカやろう。折れてたらどうすんだ」
 食いしばった歯の間から声を絞り出す。
 ボディアーマーは確かに銃弾を防いでくれる。だがその衝撃まで完全に吸収してくれるわけではない。
 よって腹に銃弾を受ければ肋骨が折れることもあるし、最悪衝撃で内臓が破裂することだってある。
「ほら、医務室」
 そう言うとシャロンは俺の手を引いて歩き出した。やはり分かっていたらしい。
 まぁ、シャロンもボディーマーマーの上から撃たれて肋骨折ったことあるしな。
「ったく、かっこつけるなら最後まで行けばいいのに」
「はぁ?」
 聞き返す、がシャロンは何も言わず歩くペースを上げただけだった。
 で、それは俺の脇腹に痛みとなって跳ね返ってくる。
 あぁもうほんとに何がなんやら。やっぱり俺が悪いのか?

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