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妹と弟とシグ・ザウエルP226 

 4

 夕暮れの国道。帰宅ラッシュに巻き込まれてしまい車は遅々として進まない。
 上まで回して貰ってナンボのロータリーにとっては苛つく状況だろう。
 ついでに言うとクソ重いクラッチのせいで俺の左足もだいぶイライラしていた。
 強化クラッチに渋滞はつらい。
 右手に沈みつつある夕日を横目で見ながら、あれからの事を思い出す。 
 あの後俺は言葉通りに幼稚園を見張っていたのだが、結局三組の金貸しを相手にする事になった。
 なだめたりすかしたり脅したり、とにかくあの手この手を使ってお帰り頂いたのだが、どいつもこいつもお日様の下を胸を張って歩けるような人間じゃなかった。
 まぁ、まっとうな金貸しなら債務者の職場に取り立てに来たりはしないんだろうけど。
 前の車との間が少し開き、それを詰める。もう何度繰り返しただろうか。いい加減飽きてきた。
 でもこの辺にゃ裏道ないしなぁ。
「優希君と優奈ちゃんに会わなくてよかったんですか」
 裏道の事を考えていたらナビシートのはるか先生に話し掛けられた。
「会うと別れが辛くなるんで」
 答えて鼻の頭を掻く。
 三文ドラマのヒロインの台詞みたいだが、事実だ。
 二人にあの寂しそうな目で見上げられたら絶対に連れて帰りたくなってしまう。
 優奈と優希は今ごろ会社の託児室にいるはずだ。
 こんな仕事をしているとどうしても時間は不規則なるし、社員の身内に危険が及ぶことだってあり得る。
 その辺をサポートするためにウチの会社には託児室が設置されていた。
 社員が仕事をしている限り二十四時間子供を預かってくれるし、何より身の安全が保証されている。
 託児室のスタッフもまたマネージャーであり、一流のボディガードなのだ。
 それでもなお心配なのが兄心でもあるんだけど。
「優奈ちゃんと優希君のこと、本当に好きなんですね」
「大好きです」
 俺は何の照れも無く言い切った。
 優希と優奈がいなければ、今ごろ家の仏壇には両親の位牌が置かれ、俺はただの保険屋として日々を無気力に過ごしていただろう。
 二人がいてくれたから腐ることなく、充実した毎日を送れるのだ。
 俺は優奈と優希の存在そのものに心から感謝する。
 突然負わされた保護者という立場。大変じゃないと言えば嘘になる。
 炊事、掃除、洗濯その他もろもろの雑事。自由になる時間もほとんど無くなった。
 それでも優希と優奈がそばにいて、怒ったり笑ったり泣いたりしてくれれば何の文句もない。
 それで十分だ。それだけで俺は今のままの俺でいられる。
 先生は微かに口元を緩めると、ここを左です、と言った。
 指示どおりステアリングを回す。国道より細い道に入り、多少車が流れ始めた。
 俺たちは今先生の家に向かっている。どこで話をしますか、と問う俺に先生は家でお願いしますと答えた。
 先生が家がよいと言うのなら、俺はそれに従うだけだ。
 おそらく周りに全く他人がいない状況で話をしたいのだろう。
 確かに債務整理の話をするのに周りに他人がいるというのは余りいい環境じゃない。
「あの、お兄さん。訊いてもいいですか」
「内容にもよりますけど、どうぞ」 
 ためらうような間。
「お兄さんはどうしてこの仕事に就いたんですか」
「両親を探すため、それとお金です」
 短く答える。
「あいつらのために少しでも早く両親を見つけたいんで親と同じ業界に。お金は無いより有った方がいいですから」
「そのために銃を持つような仕事を」
「確かにまともな仕事じゃないです。でも、小学校の入学式には両親を引っ張り出したいんで。ランドセルを買ってやることはできても、お父さん、お母さんとして手を引いてやることは俺にはできませんから」
 俺の言葉に何を言うでもなく、先生は視界の端でうつむいている。会話はそこでしばらく途切れた。
 高いエンジン音と低い排気音が社内を満たす。道は片側一車線になり、背の高いビルももう見られなかった。
 スーパーの駐車場から強引に出てきた軽自動車に胸中で溜息をつきつつブレーキを踏む。
 合流はもう少し上手くやってもらいたい。
「俺も、一つ訊いていいですか」
「あ、はい」
 頭を上げた先生が俺を見ながら身構える。
「大した事じゃないんです。先生、ずっと笑ってましたよね。どうしてかなって」
 先生はかなり面食らったようだった。質問の意味が分からない、と瞳が語っている。
 俺は言葉を加えた。
「自分の命を借金の返済に充てようって人があんなに優しく笑えるのはどうしてだろうって。仕事柄、借金に追い詰められた人に何度か会った事があります。でも、みんな薄ら笑いを浮べこそすれ、先生みたいに笑う事はありませんでした」
 そう言って先生を見やる。
 先生は膝の上で指を組むと、自分の言葉を確かめるようにゆっくりと話し出した。
「子供って本当によく大人を見てて、何か嫌な事があって自分では顔に出していないつもりでも、先生どうしたのって必ず誰かが言うんです。私は今、幼稚園から一歩出れば嫌な事しかないから。子供たちに心配かけたくなかったんです。それに、私が笑えば子供たちも笑ってくれます。その時だけは借金のことも」
 忘れられる、か。
 胸中でつぶやき、乾いた唇を舐める。
 先生を意外と強い人なのかもしれないと思ってしまった自分の頭をはたきたい気持ちになった。
 とんでもない勘違いと楽観視だ。
「ずっと、しがみ付いてたんです。幼稚園だけが私の笑える場所だし、先生という立場だけが私の支えだったから」
「これからは増えますよ。笑える場所も支えるものも」
 先生は何も言わず、窓の外に視線を移す。
 それから俺たちは先生の家に着くまで何も喋らなかった。

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