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妹と弟とシグ・ザウエルP226
 



『L and M security』
 本社をイギリス、ロンドンに置く警備会社。
 
警備員やボディーガードの育成、派遣を行っている企業だがそれは表の顔だ。
 裏では俺達のような人間(社内ではマネージャーと呼ばれている)を使って超法規的な厄介事処理業を営んでいる。
 そもそも会社の創設者であり社名にもなっているLとMはLuke(ルーク)とMax(マックス)の頭文字で、この二人は元々イギリス裏社会では名の知れた何でも屋だった。
 その時の経験とコネを生かして会社を興したのだが、これが大当たり。
 今では世界各国に支社を持つ一流の警備会社として名を馳せている。
 しかし表の世界でこれだけ成功したのなら普通裏からは手を引きそうなものだが、二人の元何でも屋はそれを良しとしなかった。
 理由は需要があるから。
 それもビジネスとしての面より道義的な面の方が強かった。
「自分に寄りかかってくる人間を押しのけるなんてのは男のすることじゃねぇ」
「必要とされている限り表も裏も死ぬまで現役だ」と今は亡き二人の会社創設者は言ったそうだ。
 で、その経営理念は今でもしっかり受け継がれているというわけ。
 二人のようにカッコイイ事を言うつもりはないが、この平和な日本にあっても俺みたいな人間が必要かもなと思う事はやはりある。
 例えばストーカー。
 いわゆるストーカー規正法が施行されたとはいえ、まだまだ警察はきっちり動いてくれない状況だ。
 被害者が出てワイドショーでネタにされてからでは遅すぎる。
 そうなる前に依頼をしてもらえれば被害者をストーカーから守ると共にストーカー本人に脅しを入れて、一生被害者の前に現れないようにする事だってできるのだ。
 そもそもこのストーカー規正法、ストーカー行為をしたところで六ヶ月以下の懲役又は五十万円以下の罰金で済むし、禁止命令等に違反してストーカー行為を繰り返しても一年以下の懲役又は百万円以下の罰金で済んでしまう。
 この程度の罰則では抑止力としての効果は期待できない。
 だから俺みたいにストーカーの頭に鉄砲突きつけて「殺スぞ」と言うような人間も必要なんじゃないかと思う。
 でもストーカー退治なんて裏の仕事じゃまだまともな方だ。
 復讐。
 俺たちに回ってくる依頼ではこの手のものが一番多い。
 もちろん婦女暴行など事を公にしたくないという理由でウチに来る人もいるが、もう法の力ではどうにもならないという理由でウチに来る人も大勢いる。
 確かに日本は平和だ。だが自分の最愛の人を殺した人間が、十数年拘束されただけで街を歩けるようになる事を許せるほど平和的な国民ばかりというわけでもない。
 生物的に殺すこともあれば社会的に殺すこともある。その辺は会社の上層部が出した指示に従う。
 もちろん納得できなければ自分で再調査もするしウラも取るが。
 そして今回の件もいくつか確認しなきゃならない事がありそうだ。
 シャロンから渡された資料を片手に会社の廊下を歩く。
 最上階の一番奥、社長室というプレートが貼られた重厚な扉の前で立ち止まると、俺は二度ノックした。
 すぐに返ってきた返事と共に扉を勢いよく開く。
「あっ、おはよー」
「おはようございます」
 間延びした秘書の美津子さんの声にとりあえずは挨拶。
 それから俺はかなり広い社長室を縦断して机についている社長の前に立った。
 手にしていた書類を置き、机に片手をついて社長の顔を覗き込む。
「どうした。そんな怖い顔して」
「説明してください」
 俺の台詞に社長が置いてあった書類を手に取った。眼鏡の奥の柔和な目が細くなる。
 少しでっぱったおなかに薄くなり始めた髪の毛。間近で見ても遠くから見ても社長は普通の中年サラリーマンにしか見えない。だが社長が現役のマネージャーだった時、彼の右に出る者は誰一人としていなかったそうだ。
「おはよー」
「おはよ」
 遅れて入ってきたシャロンが俺の背後でソファーに座った。見てなくても音と気配で分かる。
「美津子さん、コーヒーちょうだい。ブラックのうんと濃くて熱っついやつ」
「はい。でも、少しミルクを入れた方がおなかには優しいのよ」
「だいじょうぶ。私の胃は頑丈だから」
「そう? あら。そのスーツどうしたの? いいじゃない」
「でしょ。お手頃価格でね、気が付いたら服の入った紙袋持ってたの」
「へぇー。でも、わたしみたいなオバサンにはちょっと無理かな」
「だいじょうぶよ。それだけのスタイル維持してるんだもの。若い若い」
 そんな女性二人の会話を背中で聞きながら社長の顔を見つめる。
 社長は手にしていた書類を机の上に戻すと指を組んで俺の顔を見上げた。
「まず会社が依頼を受けた理由についてだが、それは依頼主が皆川はるか本人だったからだ」
 反射的に口を開こうとした俺を目で制し、社長が続ける。
「現在皆川はるかはかなりの額の負債を抱えている。といっても彼女自身が作った負債ではなく彼女の父親が作った負債だがな」
「なぜ彼女が父親の借金を。連帯保証人になってたんですか?」
「いや、一年前彼女の父親が亡くなってな。その時に負債を相続したそうだ」
 法律上借金は財産とみなされるため、相続することができる。その反面相続を拒否する事ももちろんできる。
 だがその場合その他の遺産を相続できなくはなるが。
「どうしても手放せない何かがあたっとか」
「いや、父親には何一つプラスの遺産は無い。彼女の真面目さが父親の負債を相続させたんだ。まぁ、債権者に色々つつかれたりもしたんだろう。債権者のほとんどが街金や闇金だからな」
 支払い義務のない者への代位弁済の強要、体売ってでも親の借金払わんかいコラァ、はれっきとした違法行為だ。ゆえに債権者は何とかして「私が借金を肩代わりします」と債務者の肉親に言わせようとする。
「結婚できなくなる」「今の地位が危なくなる」「就職できなくなる」「人として」などの言葉を使って債務者の肉親を揺さぶるのだ。そして時にその筋の人間を使い、無言の圧力をかける事もある。
 あの優しい先生のことだ。きっとそんな状況に耐えられなかったのだろう。
 俺は乾いた唇を舐め、うな垂れた。
 借金と書類にあった事故を装うことという記述になぜ先生が死ななければならないのか、分かった。
「生命保険」
「その通りだ」
 社長が短く肯定する。
「契約は小和生命、受け取り人は彼女の知人らしい」
 利子が月々の返済可能額を上回り、もうどうしようもない状況なのだろう。
 先生は自分の命を借金返済に当てるという最終手段に出たのだ。
 ほとんどの保険契約において契約から一年以内の自殺では保険金は支払われない。
 だから事故を装って殺す必要がある。
 しかし先生がそこまで追い込まれていたなんて。
 朝の挨拶の時も、授業参観の時も、保護者同伴の遠足の時も、いつもいつも先生は笑っていた。
 楽しそうに、嬉しそうに、優しそうに、笑っていた。
 どうして気付いてやれなかった。
「その、何かあったらいつでも言って下さい。私でよければお手伝いしますから」
 先生の言葉が胸中に響く。俺がそう言ってやらなきゃならなかったのに。
 本当に殺すのか。俺が先生を、殺す。
「そんな馬鹿な」
 俺は半笑いでつぶやき、頭を振った。殺せるかよ。弟の初恋の女性なんだ。
「これ、法務課で処理できませんか」
 顔を上げ、課長に訊く。
 何も先生が死ななくとも、元凶である借金が無くなればいいわけだ。
 完全にゼロにできなくとも、法的手段によって支払い可能な額まで落すことだってできるかもしれない。
 が、社長の反応は思わしくなかった。俺の顔を見た後で社長は口の端を歪めてしまう。
「結論から言えば不可能じゃない。だがな、皆川はるかにその意思がまったくないんだ。私たちも法的な債務整理を勧めたんだが彼女、もういいんです、と言ったそうだ」
「死ぬ意思は固い、か」
 机の上にある書類に添付された写真に目をやる。
 車の中では普通の写真に見えたが、今あらためて見ると先生の表情から疲れのようなものを感じた。
「そんな顔をするな。お前を担当にした意味がなくなる」
 課長が笑った。
「殺さずに済むのなら殺さないのがウチのやり方だ。彼女もお前の言葉なら素直に聞いてくれるんじゃないのか?」
「どうしてです? 毎朝少し顔を合わせてるだけですよ」
「そうか。シャロン君は『絶対に大丈夫です』と言ったんだがなぁ」
 肩越しに振り返る。シャロンは湯気の立ち上る白いマグカップ片手に完全に落ち着いていた。
 真面目に仕事の話をしている自分が愚か者にさえ思えてくる。
 しかしシャロンは何を根拠に絶対に大丈夫と言ったんだろうか。
 シャロンも先生のことはよく知らないはずだ。俺を迎えに来たときに見たことがある、程度のものだと思う。
 それとも実は俺の知らないところで仲良しだったとか? いやいや、だったら先生の借金問題なんてとっくに片付いている。
 シャロンも友人のトラブルを黙って見過ごしたりはしないだろう。
 じゃあシャロンの自信の根拠はいったいどこにあ
「どうするんだ」
 社長の問いかけに心の声が切れる。俺は小さく喉を鳴らした。
「もし俺が断ったら」
「その時は女性が一人死ぬかもしれない。地方紙の片隅になら載るんじゃないか?」
 意地悪げな口調と笑顔で言う社長。
 俺には選ぶ権利などなかったし、もし誰かが選ぶ権利をくれると言っても断っただろう。いや、絶対に断る。
「やります」
 俺は社長の目を見て言い切った。
「いいだろう。だがもし皆川はるかの説得に失敗した時は、分かってるな」
 社長のいわんとする事に肯き、右手を握る。
 俺が先生を事故死させなければならない。一瞬、喉が詰まった。少しだけ長いまばたきの間に何とかなるさと自分を励ましておく。
 やると決めたからには早速動いた方がいいだろう。
「シャロン」
 呼びかけると同時に車のキーが飛んできた。それを右手で受け取り、早足で扉に向かう。
「下準備、しとくから」
「頼む」
 シャロンに短く答えた俺は社長室を後にした。後ろ手に扉を閉めたところで大きく、長く息を吐く。
 とりあえず幼稚園に逆戻りか。
 冷たいキーを目の高さまで放り投げ、手の中へ落す。
 手中のキーをポケットに移した俺は長い廊下を歩き出した。

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