武器屋リードの営業日誌
 第二話
─短剣と待ち人─
ライン

 当然、広場には誰もいないと思っていた。一瞬見間違えじゃないかと思って目を凝らす。眉間に皺を寄せた俺は一歩一歩確かめるようにして広場の中心へ歩を進めた。
 いるのは二人。
 広場の中ほどまで来て、二人が女性だということが分かった。一人はベンチに腰掛け、一人は初代町長の像の台座に腰掛けている。台座に腰掛けている方の女性には見覚えが合った。透けた体の向こうに夜の町が見える知り合いなど一人しかいない。
 こんなとこにいたのか。
 夜気を軽く吸い込み、吐き出す。フィーナはベンチに座っている女性を、何事か考えるような表情で見つめていた。よほど集中しているのか、身じろぎ一つしない。
 ベンチに座っている女性も同じだった。うつむき、自分のつま先の方に視線を落としたまま銅像のように動かない。吹く風に揺れるスカートの裾が、女性が銅像ではない事をかろうじて主張しているだけだ。
 俺はわざと大きな足音を鳴らし、ベンチに歩み寄った。いきなり現れて女性を脅かしたくなかったのだ。狙い通り女性は俺がベンチに辿り着く前に顔を上げてこちらの存在に気付いてくれた。俺を見た女性は驚いたように口をわずかに開き、膝の上で拳を握る。
 だが驚いたのはこちらも同じだ。
 女性、というよりは少女。年の頃十七、八歳。下手すれば十四、五でも通ってしまう。近寄ってみて分かった。見覚えのある濃青のスカートに満月のような瞳。朝、ウチに来て逃げるように帰ってしまった子だ。
「こんばんは」
 こんな歳の子がこんな時間に何をやってるんだ、と思いつつも声をかける。警戒心を与えぬよう笑みなど浮べつつ。だが少女は応えてくれない。驚きの表情を顔に貼り付けたまま俺を見上げている。
「隣、いいかな」
 そう訊くと、小さな鈴みたいな声で「はい」とだけ言ってくれた。それからすぐに顔を隠すようにしてうつむいてしまう。俺は広めに間を開けて少女の隣に腰掛けた。硬く冷たい木の感触に身震いする。
 静かだった。
 自分の呼吸音をじっくり聞く機会なんてのはなかなかない。視線をやればフィーナも少女も塗り固められでもしたように動いていなかった。少女などは呼吸を殺しているようにさえ見える。居心地の悪さに耐えるような少女の様子に申し訳なくなった俺は、声を掛けることにした。
「朝、ウチに来たよね」
 少女は顔を上げると、俺の顔を一瞬見ただけでうつむいてしまう。
「覚えてない? 武器屋の店主なんだけど」
 自分の顔を指差してみるが、少女はこちらを向いてさえくれなかった。
 気まずい沈黙が流れる。
 伸ばした人差し指をひっこめた俺は、とりあえず考えた。十七、八歳の女の子に興味を持ってもらえる話しをしよう、と。頭の中の本棚をひっくり返し、必死に話題を探す。お、一つあった。やっぱりかわいい動物ネタなんていいんじゃないだろうか。
 咳払いを一つ。
「えーっと、五年で三十人を食い殺したという伝説の人食い虎が」
「え」
 俺を見つめる少女の顔は困惑に満ち溢れていた。何かとてつもない間違いをおかしたような気がするが、少女の気を引くことには成功したのでよしとしよう。
 こうして見てみると少女は結構可愛かった。丸顔で、人を安心させるような顔のつくりをしている。
「こんな時間に何してるの?」
 人食い虎の話はあっさり捨て去る。魚が釣れれば餌に用はない。
「あの……考え事、です」
 無言で肯く俺。二度しか会ったことのない少女に考え事の内容を聞くほど俺はずうずうしくない。だがそれはそれで問題だった。肯いただけでは会話にならない。
「この町の人じゃないよね」
 とりあえず当り障りのない事を言ってみた。田舎の閉鎖性を象徴するような台詞で嫌なんだけど。
「旅人?」
「そうです、けど」
 答える少女は明らかに困惑していた。怯えてさえいるように思える。こんな時間に目的もなく少女に声をかける男。恐い、と言うよりは気持ち悪い。もしクレアが同じことをされていたら、と思うと確かに嫌だった。
「あのさ、考え事ならベッドの中でだってできるし、宿に戻った方がいいと思うけど」
 僕は君を狙ってるんじゃないんだよ、というアピールも込めて言ってみる。
「平和な田舎町ではあるけど、それでも年に二、三回殺人未遂事件くらいは起こるし」
 未遂、なところが本気になりきれてなくていい感じだ。
「何について悩んでるのかは知らないけど、ベッドで考えてるうちに眠たくなって、朝起きて冷たい水で顔洗って、朝食の後くしゃみの一つでもすればその頃にはきっといい答えが出てるよ」
 笑いながら言う俺に、ぎこちなくではあるが少女も笑みを返してくれた。固かった雰囲気の結び目がほんの少しだけほどける。
「あの」
 初めて彼女の方から声をかけてくれた。だがその後が続かない。先ほどと同じように少女はうつむき、押し黙ってしまった。震える唇からは今にも言葉が出てきそうだ。だが結局唇の堰が切れることはなかった。少女は黙って立ち上がると涙を堪えるような表情で頭を下げ、闇の中に消えて行ってしまった。少女の瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「フィーナ」
 背後を見上げて呼びかける。少女が去っていた方を見つめていたフィーナは一度目を伏せ、こちらを向いた。
「あの子、いつからここに?」
 状況を見ていたであろうフィーナに聞いてみる。
「ガルドさんと入れ替わるように、ですけど」
「何かあったのかな」
「私には。ただ」
 言葉を切ったフィーナが少女が去っていた方へと再び視線をやる。
「少しだけ、泣いてました」
「そっか」
 冷たくなった手を上着のポケットに突っ込み、俺は自分のつま先を見つめた。ガルドと入れ替わりに、というフィーナの言葉が気になったが、まさかと思い直す。
 さすがに、なぁ。
「で、君はこんな所で何をしてるんだ」
 フィーナは左右を見回すと、最後に自分を指さした。
「君以外に誰がいるってんだ」
 既視感を覚えつつも訊く。
「こちら初代町長のクルトさん。とても気さくな方で」
「いや、紹介されても困るから」
 自分の隣の空間に手を差し出すフィーナにどう反応していいのか困る俺。それでも一応初代町長の銅像に向かって頭を下げてしまう自分の小市民っぷりが素敵だ。まぁ、俺だってこの町の人間だし。まったくお世話になっていないと言えば嘘になるからな。初代町長への挨拶も済んだところで、再びフィーナに問う。
「で?」
 フィーナは銅像の台座から降りると、羽毛のようにゆっくりと宙を舞い、俺の隣に腰掛けた。水中にいるかのように金色の髪がたゆたう。
「ガルドさんを見ていました」
 フィーナの声には滲むような重さがあった。
「私と重なるようなところがありますから」
 そういうことか。互いに待ち人来たらず、だもんな。フィーナにしても今のガルドに、ひいては自分と照らし合わせて思うところが何かとあるのだろう。
 乾いた唇に舌をやり、ポケットの中で手を握る。どこかで野良犬が鳴いていた。
「なぁ」
 と呼びかけようとして、俺は口をつぐんだ。いきなり「前向きになってみないか」ってのもなぁ。町を歩いていて「君、いい体してるね。騎士団入らない?」と声をかけられるのと同じくらいの戸惑いは与えそうだ。しばし考え、一つ思い当たった俺は会話の入り口としてこんなことを訊いてみた。
「八百年迷ってる、って言ったよな」
「はい」
「でも君が取り憑いてる短剣はそんなに古いもんじゃないだろ?」
「そうですね。私が使っていた短剣は、私と一緒に湖に沈んでしまいましたから」
 そう言ってフィーナは微苦笑した。
「今は、何となく気に入った短剣を転々としている状態です」
「ヤドカリみたいだな」
 笑う俺にフィーナが不思議そうな顔をする。
「ヤドカリ、って何ですか」
「ん、知らない? エビとかカニの仲間でさ、貝を背負ってるんだ。で、体が大きくなるたびに新しい貝に引越しをするっていう生き物なんだけど」
 興味深そうな、感心したようなフィーナの視線が照れくさかった。
「まぁ、俺も実物は二、三回くらいしか見たことないんだけどさ」
 この町から一番近い海まで馬車で十日ほど。そうたびたび行けるものではない。
「でも羨ましいです。私は海さえ見たことがありませんので」
「八百年もこの世にいるのに?」
 驚きに声が大きくなる。
「幽霊でも自由に移動できるわけじゃありませんから」
 そこで言葉を切ると、フィーナは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「見てみたいですね、海」
「見られるさ。きっと」
 前を向いたまま、言う。
「でも」
「方法なんていくらでもあるさ。考えよう。とりあえず海に行く人の短剣に取り憑くのが一番手っ取り早いな」
「それはそうですけど」
 フィーナが語尾を濁す。そう簡単にいくでしょうか、と目が言っていた。
「そこもほら、海方面に向かう町の出口で獲物を物色するとか」
「獲物を物色って、私はそんな物騒な幽霊じゃありません」
 そう言って少しむくれたフィーナは驚くほどかわいかった。つい視線をあちこちに飛ばし、挙動不審になってしまう。相手は幽霊だ。分かっている。
 だが……いいものは、いい。
「あ、あのさ、やっぱり旅はいいってよ。ガルドも言ってたし、ウチの親父も旅に出たら一年は絶対に帰ってこないし。楽しいんじゃないかな」
 しどろもどろになってしまう。
「俺も店を誰かに譲れるようになったら旅に出てみようかな、なんて思ってるよ」
 それは本心だし、割と本気だった。せっかくこの世に生まれてきたんだ。できるだけたくさんの世界を見てみたい。そして、できるだけたくさんの人と出会ってみたかった。
 フィーナは何も答えない。
 ただまっすぐ前を向き、何かを見ているようで何も見ていないような表情をしている。
 俺も、しばらくは何も言わなかった。静まり返った町並みを見つめ、目を細める。冷たい夜気が耳たぶに染み込んでいくような、そんな感覚があった。
 短く息を吐く。沈黙はもういい。
「全部忘れろとは言わない。少しだけ忘れられないか」
 フィーナの体がわずかに震えた。だがそれだけだ。答えは何も返ってこない。重い沈黙だった。うつむいてしまえば押し潰されてしまいそうな気がする。だから俺は前を向いていた。
 鼓動が高鳴る。
 緊張していた。他人を諭そうなんて、俺には十年どころか二十年も三十年も早いのかもしれない。経験が豊富なわけでも知識が豊富なわけでもなかった。誰かに何かを伝えようとする時、自分の言葉を否定されるのでないかという恐怖が常に付きまとう。完全な人間なんていない。頭では分かっていても、心が言う。
「人間は不完全なのが普通。だが、お前は普通以下だ」
 と。
 不完全な俺の、不完全な言葉にどれだけの意味があるのかは分からない。分かるのはただ一人。言葉を受けたフィーナだけだ。審判は彼女が下す。
「どうして、そんなこと言うんですか」
 返ってきたのは肯定でも否定でもなく、疑問だった。そこに俺を責めるような色はない。
「解きたいんだろ、呪い」
 ゆっくりと、だが確実にフィーナは肯いた。
「それが一番の近道じゃないかと思って」
 何度フィーナと待ち合わせをしたって、多分俺は彼女との約束を守れないと思う。
 昨夜、繰り返してみて分かった。勢いだけで何とかなる代物じゃない。
「呪いそのものはともかく、呪いの原因をなんとかすれば」
「そうじゃないんです」
 俺の言葉を遮り、フィーナがこちらを見つめる。
「どうして……私に構うんですか」
「今さら何を。構って欲しくて出てきたんだろ」
 眉根を寄せる俺にフィーナが泣きそうな顔をする。
「だって私、幽霊、だし」
 言葉の最後が震えていた。
 まいったな。
「体はないし、私に構ったって」
「あのなぁ、人を何だと思ってるんだ」
 そんな風に思われてたのか、俺。いくら女性に縁がないからってそれはちょっと酷くないか?
「体が透けてたって心まで透けてるわけじゃないだろ」
 笑いながらフィーナの胸元を指さす。俺の指先を見つめ、口をわずかに開くフィーナ。開かれた唇が引き結ばれた時、彼女の目からは涙がこぼれ出していた。
 反射的に目を逸らしてしまう。
 女性の涙はニンジンの次に苦手だった。顔を手で覆い泣きじゃくるフィーナに、どうしたもんだろ、と夜空を見上げる。ハンカチの一つでも差し出してやりたいが、生憎彼女には使えない。ハンカチの代わりに言葉を差し出せればいいのだが、問題が一つあった。
 フィーナが泣いている理由がさっぱり分からないのだ。
 一応、負の涙じゃないということは雰囲気で分かる。でもなぁ。八百年間、泣くほどまともに相手してもらえなかったんだろうか。
 フィーナを見やり、小さく息を吐く。
 こうして見てみるとフィーナが泣く様は子供のようだった。少しだけ安心して視線を彼女に固定する。俺が苦手なのは大人の女性の、もっと湿った涙だ。しかし初めてフィーナと会って、自分の過去を語った時に彼女が見せた涙とは随分違う。何て言うか、今の方がフィーナらしかった。
 少しだけ心を開いてくれたってことかな。
 そう思うと自然に笑みがこぼれた。
 やがてフィーナの嗚咽は小さくなり、時折鼻を鳴らすだけになる。
「少し落ち着いた?」
 顔を覗き込むようにして訊くと、フィーナは指で涙をすくってから肯いた。
 恥かしげに笑う彼女に安心し、苦笑する。
「胸を貸せればよかったんだけどな」
「そんな事できる人じゃないクセに」
 う。確かにまぁ、そうだけど。
「カッコいい事くらい言わせてくれよ」
「だめですよ。かっこいい事言う前に、かっこいい事して下さい」
 男なら言葉ではなく態度で示せと、こうおっしゃりたいわけだ。
 でもそれって結構大変なんだぞ。特に俺みたいな「女性が男のどういう態度をかっこいいと思うか」よく分かってない男にとっては。
 それで結局は何もしないなんて最悪の結果を招くことが多々あった。
「意気地なし」
 この単語を思い出すと今でも酒瓶片手に泣きたくなる。やめればいいのに言われた回数を指折り数えながら。
「僕はもう疲れたよ」
「昨日からほとんど寝てないんですよね」
 いや、まぁそれもあるんだけど。もっとこう、心の筋肉痛とでもいうか。
 と、不意にフィーナが立ち上がった。軽く地面を蹴った彼女は宙に舞い、再び銅像の台座に腰掛けてしまう。どうした、と訊く前に俺の耳は一つの足音を捉えていた。重く、引きずるような足音。
「よぉ」
 足音の主から発せられたのは、吐息とも声ともつかない気の抜けた音だった。
「どうだ、銅像の具合は」
「最高だよ」
 そう答えた俺に足音の主、ガルドが力なく笑った。ガルドは長く重そうな影を引き、俺の前を横切ってベンチに腰を下ろす。忘れかけていた寒さが戻ってきた。固いベンチに触れ続けた腰が痛みを訴える。俺は立ち上がり、不必要なほど大きく伸びをした。振り払いたかったのだ。色んなものを。
「悪かったな。もう……」
 腰をひねる俺に向かって、聞いてるこっちが嫌になるほどの申し訳なさそうな声を出すガルド。俺は黙って再びベンチに座り、腕を組んだ。
「ここまで来て結末も見ずに帰れるか」
「だが」
「ダガーもロングソードもない」
 一瞬の沈黙。そしてガルドが吹き出す。
「二度と言わない方がいいぞ。笑えないからな」
「俺も盛大に後悔しつつ自分の口を呪ってるところだ」
 その後で俺とガルドは顔を見合わせ、互いに「しょーがねーな」という表情を浮べた。
「しかし誰も彼も悩みやがって。そういう季節なのかね」
 両腕を広げ、ベンチの背もたれをつかむ。冷たいんですぐ離したけど。
「どうしたんだ、急に」
「いやな、お前を含めて三人の悩める子羊を知ってるからさ」
 うち一人は幽霊だけど。
「さっきだってここに来てみたら女の子が一人悩んでたし」
 俺の言葉にガルドが顔を上げて反応する。
「あぁ、いや。女の子って言ったって本当に子供だ。まだ十七、八くらいの」
 だがガルドの表情は変わらない。
 おい、まさか。
「その子の特徴とか、何か覚えてないか」
「ライトブラウンの髪と黄色い瞳。あとは濃い青色のスカート」
 俺の声も少しだけ震えていた。ガルドの喉が大きく鳴る。
「間違い、ない」
 俺は全身の毛穴が開きでもしたような妙な感覚に襲われた。
 あの子が……ガルドの。
「だって、まだ」
「幼く見えるがあれで二十二だ」
 視界が歪む。顔面がぴりぴりと痛んだ。
「探そう!」
 自分の間抜けさを蹴り飛ばすように叫び、俺は立ち上がった。
 なぜちゃんと確認しなかった。どんなに小さな可能性だって無視すべきではなかったのに。震える足を少女が去って行った方へと向ける。
 この方角で宿っていうと……。
 頭の中に地図を描く。だが焦っているせいか道はひん曲がり、建物は自分勝手に飛んでいく。頭を振り、白紙の脳内に再び地図を描こうとしたその時だった。
「リード」
 低く太い声に名を呼ばれた俺は反射的に固まってしまう。ガルドの声にはそれだけの重さがあった。
「探さなくていい」
 意味が分からなかった。
「座ってくれ」
「だって……何のために今まで待ってたんだよ」
「落ち着け。誰も会わないとは言ってない」
 そう言ったガルドの瞳は不思議と安堵の色を取り戻していた。
「無事にこの町に着いた。それが分かっただけで十分だ」
「会いたく、ないのか?」
 訊いた瞬間、馬鹿な質問だと思った。答えなんて分かっている。
「会いたいさ。でもな、この町に来ていながらここに来ないって事は、あいつに何か会えない理由があるってことだ」
 それは、そうだろうけど。
「だからもう少しだけ待ってみるさ。あいつを信じて、な」
「強いな」
 俺の言葉にガルドは苦笑し、うつむいた。そんなガルドを腰に手を当てて上から見下ろす。
「違う」
 不意に発せられた否定の言葉が腹の底に響いた。
「ガルド?」
「恐いんだ」
 その声色からは怯えさえ感じられる。よく見ればガルドの足は小刻みに震えていた。
「あいつに会うのが恐いんだ」
 何も言えなかった。ただ立ち尽くす。
「なぜ来ない。どんな理由があるんだ。俺はあいつに会ったら」
 ガルドが顔を上げる。
「何を言えばいいんだ」
 ガルドは今にも泣き出しそうな顔をしていた。そんなガルドの前で俺も同じような顔をしていたと思う。
 夜の闇はさらに深く、濃くなっていた。

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