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武器屋リードの営業日誌
 第二話
─短剣と待ち人─
ライン

 夕刻。
 たまっていた配達を済ませた俺は、沈みかけた日に赤くなった町を歩いていた。武器を売るだけが武器屋ではない。その後のメンテナンスも俺にとっては大切な仕事だ。もっとも配達のうち「武器」だったのは二つだけで、残りのほとんどは奥様方に頼まれて研ぎ直した包丁なんだけど。でも、そういう小さな仕事を積み上げていくことで生まれる縁もある。
 お裾分けも貰えるしな。
 手で抱えた籠から立ち上る香ばしい香りに俺は口元を緩めた。小さな町だ。俺がクレアと二人暮らしであることは大抵の人が知っている。それを不憫に思ってか……どうかは知らないが配達なんかで立ち寄ると、こうやってお裾分け貰うことが多々あった。ちなみに貰ったのは野菜たっぷりの具をパイで包んだもの。作者は料理上手のマーサおばさんだ。ニールの所でハムも買ったし、今日はいい晩ご飯になりそうだった。にやけながら石畳の道を軽い足取りで歩いていく。すれ違う人の肩をわけもなく叩きたくなるような気分だ。
 食は人間の基本。これを怠る奴はロクな仕事をせん。
 朝から鍋いっぱいのシチューをたいらげていた爺ちゃんを思い出す。
 吹く風にはもう秋の匂いが混ざっており、俺はその冷たさに身を縮めた。籠を通して感じるパイの温もりがありがたい季節になりつつある。
 早く帰ろ。
 家への道を急ぐ。と、町の中央広場にさしかかった俺はそこで奇妙な光景を目にした。大勢の人々が集まり、何かを取り囲んでいる。
 位置的に言えば広場の中央、初代町長の像に見下ろされる位置に置いてあるベンチを取り囲んでいるようだが、ここからだとよく分からない。人数にして五、六十人はいるだろうか。誰もが神妙な顔をしてベンチのある方を見ていた。いや、凝視していると言っていいだろう。興味をそそられた俺は人だかりの一番後ろにくっついて様子を伺ってみることにした。
 人数の多さ故に人だかりの原因を見ることはできない。だが見る必要はなかった。
 聞けばよかったのだから。
「雷鳴轟く草原に白刃が閃き、二人の剣神が放つは共に最後の一撃」
「ガルド!」
 慣れ親しんだ声と語りについ呼びかけてしまった。同時にとんでもない数の抗議の視線がとんでくる。邪魔するな、黙ってろ、さっさと結婚しろ……いや、最後のは被害妄想か。とにかく俺を睨む町人たちの目には殺気すら込められていた。小さく頭を下げて苦笑する俺。今は黙っていた方がよさそうだ。
 咳払いを一つ挟んで、ガルドの語りが再開される。
「風と共にうなる剛剣。轟音響き、稲妻が大木を縦に引き裂いたそのとき!」
 静寂の中、誰かの喉が大きく鳴った。
「なんと互いの剣が互いの胸を貫き、高名なる二人の剣神は共に倒れたのだった」
 おぉ、という唸り声。
「これぞ遥か東の国に伝わる若き剣神の物語。二人の墓は睨み合うかのごとく、向かい合わせに建てられているという」
 ふぅん。
「剣の鍛錬を怠るものがその間を抜ければ見えぬ刃によってたちまちのうちに斬り刻まれてしまうという噂あり。ご注意を。清聴、感謝する」
 一瞬の沈黙の後で中央広場は拍手喝采の嵐となった。口笛が鳴り響き大量のコインが乱れ飛ぶ。
 湧き上がる人々を掻き分け俺は広場の中心、ガルドのもとに歩み寄った。
「どうしたんだよ、これ」
 商人らしく、投げられたコインを一つも逃すまいと拾い集めているガルドに向かって問う。俺の頭に当たったコインを空中でつかみ、ガルドは苦笑して見せた。
「いやな、カミさんを待つ間することもなかったから子供相手に話をしてやっていたんだが」
 言葉を切ったガルドが頭を掻く。
「気がついたらこんなことになってしまった」
 満足げな表情で思い思いの方向に散っていく人たちを見つつ、俺は嘆息した。
「娯楽に飢えてるからな、田舎の人間って」
「楽しんでもらえたようで何よりだ」
 そう言ってガルドは拾い集めたコインを布袋に流し込んだ。袋の膨らみから推測するに、結構な額を頂いたようだ。
 旅商人やめてもこれで喰っていけるんじゃないか、こいつ。
 呆れつつも口元を緩める。
「で、肝心のカミさんはどうしたんだ?」
 訊きながら辺りを見回してみるがそれらしき人物の姿はない。あれだけいた人たちも気がつけばほとんどいなくなっていた。肌寒さと相まって妙な寂しさを感じる。日もほとんど沈み、町の家々からは暖かそうな灯りが漏れ始める刻限。狭いとは言ってもこうして広場に佇んでいると世界から取り残されたような気分になる。
「まだ、来ないんだ」
 僅かに赤が残った空を見上げ、ガルドが独り言でも呟くように言う。普段、彼の豪快な姿を見ているだけに不安そうな表情と口調が胸に引っかかった。
 似合わないな。
 そう思いつつも気にかかる。
「ちょっとした予定のズレだろ。大丈夫さ」
 ありきたりな言葉しかかけられなかった。
「もう少しだけ待ってみる」
 言いながらガルドはベンチに腰掛けた。背中を丸め、膝の上で指を組んだ彼の姿にその場を離れ難くなってしまう。
「クレア、待ってるんじゃないのか?」
 その場に突っ立っているとガルドに笑いかけられた。言外に「大丈夫だ」と言われているような気がして気恥ずかしくなる。
「別に心配なんかしてないからな」
 ガルドから視線をはずし、口を歪める俺。
「分かってるさ。お前は他人を心配するような人間じゃない」
 言ってガルドは俺をからかうように笑った。
「晩飯、期待してるぞ」
「きっちり四人分、作っとくよ」
 手にした籠をちょっと持ち上げてみせる。吹く風は、さらに冷たくなっていた。
「先、帰るな」
「あぁ」
 短いガルドの返事に肯いた俺は広場の中心に背を向けた。一歩踏み出すたびに聞こえる自分の足音がやけに耳につく。広場の出口で立ち止まり、振り返ればそこにいるのはガルド一人だけになっていた。普段より小さく見える彼の姿に不安を抱きつつも、今は家への道を辿る事しかできない。
 普通に、ただちょっと遅れてるだけだろ。
 そうに違いないと胸中で呟き、俺は歩き出した。

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