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武器屋リードの営業日誌
第二話
─短剣と待ち人─
ライン

 深夜、ランプを吹き消してベッドに入る。
 飲めない酒を無理して飲んだせいで少しばかり意識がはっきりしない。天井も視界の中で歪んでいた。
 ただ考え事ができる程度には理性は残っている。
 結婚、か。
 改めて思う。
 ガルドの結婚に俺は驚き、喜んだ。その一方で取り残された、とも思った。
 別に俺だって一度も恋をしたことがないわけじゃない。人を好きになることがどういう気持ちかは分かる。
 ただ結婚となると、なぁ。
 式を挙げて一緒に暮らして、そのうち子供なんかもできたりして。
 何か、リアルじゃないんだよな。
 寝返りを打って目を閉じる。
 刃の感触なら手のひらでいくらでも想像する事ができる。
 だが自分の子供を抱いた感触はとてもじゃないが想像できなかった。
 やっぱ子供なのかな、俺って。
 嘆息。
 もしかしたら一生このまま……あー、やめやめ。
 どれだけ考えところで答えなんて出そうにないし、ましてや妻にしたくなるような女性が現れるでもなし。
 寝よ寝よ。
 と意識を落とそうとした時だった。
「あの、すみません」
 いきなり耳元で聞こえた声に俺はベッドから跳ね起きた。
 寝るときは常に手の届く範囲に置いてあるショートソードを抜き去り、室内を見回す。
 間違いない。いつもの俺の部屋だ。もちろん俺以外の気配もない。
 呑みすぎ、かな。
 緊張をほどきショートソードを鞘に収める。
 そしてふと視線を移せば、逆さまになった女性が天井からぶら下がっていた。
 俺の目の前で。
 確かに世の中には不測の事態、というものが存在する。存在するが、同時に限度も存在すると信じていた。
 だが今日、この時をもって考えを改めることにした。
 不測の事態に限度など無い。
 時には女性が天井から「生える」ことだってある。それが世界だ。
 うむ、人間として一つ成長したな。
 俺は何事も無かったかのようにベッドに戻り、頭からシーツをかぶって目を閉じた。
「あの、その」
 シーツを通して何か聞こえるが限度を越えた不測の事態だ。対応できないからといって誰が俺を責められよう。
「あの、こんばんは」
 限度を越えた不測の事態が挨拶をしている。
 無視だ無視。
「えと、お話を聞いて頂けないでしょうか」
 限度を越えた不測の事態が何を話そうというんだ。
 君にもできる。三日で限度を越える方法、とか。
 サエない僕が限度を越えたとたんモテモテに、とか。
 神秘の限度パワーで一攫千金、とか。
 ……聞く価値ねーな。
 しかし「限度を越える」と言うとあまりカッコよくないのに「限界を突破する」と言うとちょっとカッコいいのは何でだろうか。
 意味は一緒なのに。言葉って不思議だ。
 そんな事を考えていると、とうとう限度を越えた不測の事態が泣き出した。
 それがまたこちらの罪悪感を刺激するような声なのだ。
 仕方なく俺は上半身を起こし、ゆっくりと目を開けた。
 ベッドの傍らには限度を越えた不測の事態が……えぇい、めんどくさい。
 見えるままに言えば、ベッドの傍らには二十二、三歳程の女性がいて泣いていた。
 長く伸ばされた金色の髪は軽く波がかり、少しばかり古めかしい若草色のドレスに身を包んでいる。
「なぁ」
 呼びかける。と、女性は目にやっていた手をどけ、こちらに顔を向けた。
 翡翠色の瞳が俺を見つめる。
 十人にアンケートを採れば七人が美人、二人がまぁまぁ、一人がウチのカミさんの方が綺麗だと答えるような、そんな顔立ちをしていた。
 深夜。同じ部屋に男と女が一組。
「これで体が透けてなければ言うことないんだけどな」
 言って俺は手で顔を覆った。
 幽霊だよ。本物の。
 指の隙間から見ればガルドにもらったあの短剣が机の上に乗っている。
 ほんとに出やがった。手加減なしで出やがった。
 もう一度幽霊の顔を見る。
 彼女は少し困ったように微笑んだ。
 愛想笑いしてるよ、おい。
 ただ恐怖感は湧き上がってこない。ひたすら不思議だった。
 多少嬉しくもある。こんな新鮮な驚き、子供の頃初めて海を見たとき以来だ。
「幽霊、だよな」
 とりあえず接触を試みる。彼女は左右を見回し、最後に自分を指さした。
「君以外に誰がいるってんだ」
「見えてないだけで他にもたくさんいますよ」
 あぁ、訊くんじゃなかった。
「ちなみにあの人は三年前に水の事故で……」
「説明せんでいい!」
 部屋の隅を指差す女性の幽霊に向かって声を張り上げる。
 前言を撤回する。そんな事言われるとやっぱり恐い。
「大体、何でガルドが持ってるときは出てこないで、俺の手に渡った瞬間出てくるんだよ」
 腕を組み、背筋を伸ばしつつ尋ねる。こうして気を張っていないと鳥肌が立ってしまいそうなのだ。
「それは」
 そう言って一度うつむいた女性の幽霊は言いにくそうに、でもはっきりと言いやがった。
「その、女性に縁遠そうですし、たとえ幽霊でも女の私なら受け入れてくれるんじゃないかと」
 ……俺は、どこまで堕ちていけばいいんでしょうか神様。
「あの、傷ついたりしました?」
「かなり」
「そうですか」
 沈黙。
「フォローなしかよ! せめて謝れ、人としてっ!」
「え? へ?」
 目をぱちくりさせる女性の幽霊。
「っとに、ロクな死に方せんぞ」
「いえ、もう死んでますが」
「そんなお約束はさておき、だ。一体何しに出てきたんだ?」
 さっき話を聞いて欲しいとか言ってたし、何か目的があって出てきたんだろうけど。
 と、女性の幽霊の表情が急に真剣なものへと変化する。細められた目の奥で翡翠色の瞳が潤んでいた。
 透けてはいるものの柔らかそうな唇が引き結ばれる。
 身構える俺に胸の前で手を握った彼女は、言った。
「私にかけられた呪いを解いて欲しいんです」
 と。

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