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武器屋リードの営業日誌
第二話
短剣と待ち人─
ライン

「さぁ、そこに現れたのが騎兵隊隊長のラミナスだ。愛馬、炎のフランベルジュのいななきと共に丘を駆け上っていく」
「うんうん」
 テーブルの上に身を乗り出したクレアは完全に物語の中の住人だった。
 ガルドの語りを一言も聞き逃すまいと集中しているのがよく分かる。
 そんなクレアを見ながらチーズの欠片を口に放り込む。
 テーブルの上には俺が気合を入れて作った夕食とツマミ、それから数本の酒瓶が乗っていた。
 夕飯も終り、夜も更けてきたが酒を燃料にしたガルドの語りは止まらない。
 口上の巧さもさることながら、話題の豊富さといったら。
 世界中を旅しているだけあってどれも聞くに値する内容だった。
 今は某国の騎士と村の歌唄いの恋物語を上演中だ。
 この手の物語が好きなクレアは拳を握って次の言葉を待っている。
「その姿はまさに風、迫りくる敵を一人二人となぎ倒し、囚われの歌姫目指し走る、走る、走る」
「それで? それで?」
 うむ、と肯いたガルドが酒瓶を口に運ぶ。拳で髭をぬぐった彼は再び語りだした。
「敵も天下に名だたる盗賊一家、ここで引いては名がすたる」
 ぺんぺん、と心中で合いの手を入れる俺。
 しかしクレアには可哀想だがそろそろ……。
「一家の頭にゃ秘策があった。金で雇った流れの傭兵。その名も黒騎士ダレスガード。槍の腕前ではラミナスをも」
「ストーップ」
 俺は手を挙げてガルドの語りを打ち切った。
「盛り上がってるところ悪いがそろそろ、な」
「えーっ」
 途端にクレアから抗議の声があがる。気持ちは分かるが寝る時間だ。
「もう少しだけ、お願い」
「だーめ。明日起きられなくなるだろ」
「むー」
 クレアの頬がふくれる。
「しばらくはウチに居るんだろ?」
「あぁ、厄介になるつもりだ」
 ガルドがこの町を訪れる時の定宿はたいていウチだ。宿代も節約できるし仕事の話もみっちりできる。
 クレアはガルドの話を楽しみにしているし、何かと都合がいいのだ。
 それにガルドは優秀な旅商人だ。こうして会う度にウチに泊めて縁を強めておく事は店にとっても大きなプラスになる。
「だから続きは明日だ」
「はーい」
 渋々返事をしたクレアが椅子から降りる。
「おじちゃん、お兄ちゃん、お休みなさい」
「はい、お休み」
「期待していいぞ。この話はここからが盛り上がるからな」
「うん、また明日お話聞かせてね」
「うむ、宿代代わりにいくらでも聞かせよう」
 そう言ってガルドはおなかを震わせてわらった。その笑顔に俺も貰い笑いしてしまう。
 屈託のない、と言えば少年か少女の笑顔なのだがガルドに関しては屈託のないおっさんの笑顔、と言えてしまうのである。
 まぁ実際は、屈託のないおっさんくさい髭の兄ちゃんの笑顔、なのだが。
 最後にクレアは一つ頭を下げて食堂から出て行った。
 今夜は歌姫の自分を白馬に乗った騎士様が助けてくれる夢でも見るんだろうか。
 クレアを見送った俺は何となくグラスを手に取り、そのまま戻した。
 意味はない。ふと空いた間を埋めるためだ。
 息を吐いたガルドが椅子に座りなおす。これも彼流の間を埋めるための意味のない行動だろう。
 さて何を話すか、と思っているとガルドから口を開いてくれた。
「その、話があるんだが」
 どうも歯切れが悪い。
「何だよ、あらたまって」
 眉間に皺を寄せつつ頬杖を突く。
 ガルドとの付き合いの中でこんな風に話を切り出されたことは一度もなかった。
 もしかして。
 思い当たり、顔を上げる。
「ウチとの取引を止めたいとか」
「まさか」
 首を横に振るガルド。一緒に髭がもさもさと揺れた。
 気がつけば握っていた拳を解き、安堵の溜め息をつく。
 本気で安心した。ガルドとの取引を止める事は、店にとって目と耳を失うに等しい。
 彼がもたらしてくれる情報が仕入れの量や方向性にどれだけの影響を及ぼしていることか。
「じゃあ情報料の値上げか? まぁ、もう少しくらいなら頑張れそう」
「そうじゃないんだ」
 手を挙げたガルドが俺の言葉を遮る。
 しかし仕事関係の話じゃないとすると……あ、はいはいはいはいはい。
 心中で、ぽんっ、と手を打つ。
「罹っちまったものはしょうがないだろ。いい先生紹介するから恥かしがらずに行って来い、な」
「性病じゃない!」
 大声で否定するガルド。
 はずれたか。
 しかしこれでもないとすると。うーん。本気で分からん。
 ガルドは一度喉を鳴らすと俺を見つめて口を開きかけた。が、結局何も言わずうつむいてしまう。
「何だよ。すぱっと言え、すぱっと」
 指を組み、親指だけをくるくると回すガルドに向かって言う。
「その、だな。あのつまり、だから」
「だから?」
 ベーコンを口に運ぶ。冷めてしまったせいか少し塩辛い。
「その……けっ」
「け?」
「けっ、結婚することになった」
 脳みそが一瞬活動を停止する。
「だっ、誰が」
「俺が、だが」
 沈黙。
 子供の頃、思っていた。屋根に登れば星に手が届くんじゃないかって。
 でも屋根に登ったって手は届かなかった。じゃあもっと高いところなら、と思って山に登った。
 それでも手は届かなかった。山の一番高い所にある木のてっぺんに登ったって届かなかった。
 でも、大切なのはいつか届くと信じて高みに登り続けることなんだ。
 それが人生だ。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 爆弾発言の爆風によって意識が別のところに飛んでしまったようだ。
 ガルドが結婚する。ガルドが結婚。結婚がガルド。
 そうか。そうだな。ここは一つ友人らしくはなむけの言葉でも。
 俺は微笑を浮べ、ガルドを見やった。
 ガルドも照れたように頭など掻いたりする。
「ガルド」
「あぁ」
「裏切ったな」
 その時の俺は、間違いなく世界で一番醜かった。
「お前だけは、お前だけは俺より後に結婚して先に死んでくれると思ってたのに」
「そんな無茶な」
「聞け、いいから聞け。半年前に花屋のクレスも結婚してさ、この辺りじゃ一人身なのは俺だけなんだよ。そりゃ肩身も狭いさ。でも、そんなとき心の支えになってくれたのがガルド、お前の存在なんだ。俺には仲間がいる。それだけでどれだけ強くなれたことか。それなのに、それなのにぃ」
「いや、俺はこの町の人間じゃないし、すがられても」
「他になかったんだよ、選択肢が」
 もう一人独身の知り合いがいるがそいつは町、町に恋人がいるような羨ましい奴だし。
「そうか。その、なんか、すまん」
「謝るな。冗談なんだから。ていうか今、少し本気で俺のこと哀れんだろ」
「うむ」
 ……正直なヤツめ。
「でもさ、旅は一生続けるつもりだから家庭は持てないかもしれない、って」
「俺と一緒に旅をしてもいいと言ってくれた」
 見ていて羨ましくなるくらいの照れ笑いをガルドは浮べる。
「あなたにだったら私、どこまでも付いて行きますってか」
「そんな大したことじゃない。世界を旅して回るのも悪くないかも、そんな感じだった」
 何だよ。結局はあなたに付いて行きます、じゃないか。
 羨ましいね、まったく。一度は言われてみたいものだ。
「で、肝心のお相手は?」
「今は別行動だが明日この町で落ち合う事になっている。彼女には寄るところがあったし、俺はここで仕事だ」
 と言いながらガルドは酒瓶を持ち上げて笑った。
「どんな女性(ひと)なんだ?」
「小さな寒村の出でな、目の覚めるような美人……ではないが素朴でいい娘だ」
 近い未来の妻の顔を思い浮かべているのか、ガルドの表情は日なたの飴細工みたいだった。
 しかしガルドが結婚とはねぇ。俺以上にその手の話とは縁遠いと思っていたんだが。
 でも確かに人柄はいいし、そこに惚れる女性がいたとしても不思議じゃない。
 世界を回る旅商人だけあって経験も知識も豊富だし、ちょっとしたトラブルなど「何とかなるさ」と吹き飛ばしてしまう豪胆さもある。
 こうして考えてみると意外といい男なのかもしれない。
 恋人にしたい男と旦那にしたい男は違うと言われるが、ガルドのような男こそ旦那にしたい男なのだろう。
 違うかな? 正直、女心にはそれほど聡くないからな、俺。
 俺は黙って立ち上がり、戸棚に向かった。
 開きを開けるとそこから一本の酒瓶を取り出す。瓶の中で琥珀色の液体が滑らかに波打った。
 その酒瓶を手にテーブルに戻り、コルクを抜く。
 微かに甘く、それでいて香ばしい香りが辺りに漂った。芳醇、そう形容するにふさわしい。
「おい、それ」
「親父の秘蔵酒だ」
 言いながらガルドのグラスに注いでいく。
「いいのか?」
「構わないさ。友の祝い事には最高の酒を用意しろ、って本人も言ってたし」
 続けて自分のグラスへ。
 注ぎ終わったところでグラスを持ち上げる。酒とグラスを通して見るガルドの顔が随分と「大人」に見えた。
「おめでとう」
「あぁ」
 短く答えたガルドが微笑む。
 打ち合わされたグラスが一つ、澄んだ音で鳴った。

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