武器屋リードの営業日誌
第二話
─短剣と待ち人─
ライン

「面白いものが手に入ったんだ。見てくれよ」
 突き出たおなかにもっさりとした髭。明日、娘が結婚するんだと言っても納得できてしまう風貌。
 でも歳は俺と同じ二十五歳。ついでに髪と瞳の色も俺と同じ黒。
 そんな旅商人のガルドが半年振りにやって来て差し出したのは一振りの短剣だった。
 といっても別に脅されているわけではない。その短剣に値段をつけて買い取る事が俺の商売なのだ。
 二十歳の時に親父からこの武器屋を譲られて五年。目の方も肥えてきたと思う。
 それでこの短剣だ。果たしていくらの値をつけるべきか。
 短剣を手に俺は口を歪めた。鞘は皮製の汎用品だし、柄にだって大した装飾がしてあるわけでもない。
 どう見たってお手軽三級品だ。
 とりあえず鞘から抜いてみるが、やっぱり普通の短剣だった。
 護身用にはなるかな、といったところだ。
 短剣を鞘に収めた俺はカウンターに置き、ガルドを見やった。
「まぁ出せて銅貨五枚だな」
 ちなみにリンゴ一つが銅貨一枚である。
「うむ。短剣そのものの価値はその程度だろうな」
 言って髭を撫でるガルド。何か引っかかる言い方だ。
「言っただろ。これは面白いものだ」
「いや、意味が分からないんだが」
 含み笑いを浮べるガルドに俺は頬杖をついた。と、カウンターに肘をついたガルドが身を乗り出してくる。
 近くで見るとすごいな、もさもさ度が。
「驚け。この短剣には幽霊がとり憑いている」
「はぁ?」
 反射的に声をあげてしまった俺の袖を小さな手がきゅっと握る。
「うぅ……やだよぉ」
 隣にいるこの子はクレア・アークライト。七歳になる俺の従妹だ。訳あって一緒に住んでいる。
 銀髪にブルーの瞳、そしてお化けが大嫌い。
 恐い話なんてしてやると本気で泣いて逃げ回ってしまう。
 夜中のトイレもやっと最近一人で行けるようになったくらいだ。
 それでも時々起こされるんだけど。
 眉をハの字にしたクレアがガルド下から睨む。
 その目ははっきりと「こんなもん持って来やがって」と言っていた。
「わははは。恐がる必要はない。ただの噂だ、噂」
 豪快に笑い飛ばすガルド。それでもクレアは俺の袖を握ったままだ。
「いやな、俺も旅商人からこの短剣を買ったんだが幽霊など一度として現れなかったからな」
「ていうか買うなよ、こんなもん」
「わははは。お前にやろうと思ってな」
 白い歯を剥き出しにするガルドに俺はため息をついた。
 子供みたいな奴だな、っとに。
「まっ、せっかくのお土産だ。ありがたく頂戴しとくよ」
 俺は短剣を持ち上げ、
「クレア、これ工房に」
「嫌! ぜったいに嫌!」
 涙目のクレアに全力で拒否されてしまった。見るのも嫌なのか顔を短剣の方に向けようとさえしない。
 そんなクレアを短剣を持って追いかけ回してみたくなるが、余りにも大人気ないのでそれは止めておく。
 一生口きいてもらえなくなるだろな、多分。
「幽霊はさておき、だ」
 俺はガルドに目で語りかけた。ガルドも心得たもの、うむ、と肯いて自分の荷物を漁りだす。
 ガルドが俺に手渡したのは表紙が赤ワイン色をした本だった。
「苦労したぞ、手に入れるのに」
「おぉ、これが王都で発禁になったといわれる伝説のエロ画集……って、違うわっ! 俺がしたいのは仕事の話だ!」
 と、ガルドが髭を撫でつつあっけらかんと言う。
「いや、この前会ったときに頼まれたから」
 辺りに流漂う白けた空気。
「さいてー」
 クレアの視線と声ががすがすと突き刺さる。
 なにこの人、気持ちわる、死んじゃえ。
 聞こえるはずのないそんな声まで聞こえてきそうだ。
「ひ、人違いだろ」
 俺の声は震えていた。
 正直に言おう。俺は頼んだ。確かに頼んだ。あぁ、頼んださ。
 だがクレアの手前死んでも肯定する訳にはいかんのだ。
 肯定したが最後俺とクレアの間には『神蛇のねぐら』より深い溝ができてしまう。
 ちなみに神蛇のねぐらとはこの国、ルーヴェリアの北にある巨大な谷で、割と有名な観光スポットである。
 そんな事はどうでもいい。
「そうか。すまんすまん、勘違いだったようだ」
 ガルドのごつい指が本をつかむ。が、俺の手も本をつかんだままだ。
「人違いなんだろ?」
「あ、あぁ」
 ガルドが本を引っ張る。でも放さない俺。
「人違い、なんだよな」
「その、多分」
「多分?」
 隣から聞こえてきたクレアの声は地の底より低い所から発せられているようだった。
 試されている。間違いなく。
 男である前にクレアの従兄であるのか、クレアの従兄である前に男であるのか。
「ぐっ、うぐ」
 喉の奥から呻き声が漏れる。
 結局、俺はクレアの従兄であることを選択した。
 やはり保護者としてカッコの一つもつけねばなるまい。
 つらいな、お兄ちゃんって。
 手を離れ、ガルド荷物入れに吸い込まれていく発禁本を見ながら俺は心で涙した。
 さようなら僕の小さな幸せ。
「し、仕事の話をしようか」
「構わんが、なぜ拳が震えとるんだ?」
「言わせるな」
 俺はカウンターにつけられた引出しを開け、帳簿を取り出した。
 これでロクな品仕入れてなかったら折檻だからな、マジで。

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