武器屋リードの営業日誌

第四話
─それでも劇は終わらない─

ライン

   カートに連れられて入った詰め所の一室には、五、六人の人たちが集まっていた。皆不安そうな面持ちで大きなテーブルを囲むようにして座っている。俺は会釈し、とりあえず空いている席に腰かけた。ここは普段会議室として使われているのだろう。正面に立ったカートの背後には大きな黒板がかけられていた。
 数枚の羊皮紙を手にしたカートが俺達の顔を見回し、口を開く。
「すでにご存知だとは思いますが、皆さん宛ての荷物を持った配達人が襲撃を受け配達物が奪われました」
 淡々とした、事務的な声。この状況には最適だろう。こんな事を悲劇的に、感情を込めて言われたところで不安になるだけだ。しかし、カートの丁寧語なんて久しぶりに聞いたような気がする。変な話だが、こいつもちゃんと警備兵してるんだなぁ、と妙な感想を胸中で漏らしてしまった。制服を着てても普段は「幼馴染み」という意識の方が強いし。
「幸いにも配達人は一命を取り留めました。ただ、荷物の方はいまだ見つかっていない状況です。我々も全力を尽くします。何か分かり次第皆さんにお伝えしますので、もうしばらく状況の静観をお願いします」
 そう言って、カートは一礼した。俺達商人の、親しみを込めた礼とは明らかに違う、固さと冷たさを含んでいる。たが、それだけに責任と冷静さを感じた。要するに線引きだ。ここから先は俺達に任せてくれ、という。
 部屋に集められた被害者達の間から不満の声が上がることはなかった。互いの顔を見合わせ、小さく肯いたり、目を伏せたりしている。ただ、ある意味でそれも仕方がない。俺以外の被害者は俗に言うおばちゃんやお婆ちゃん、お爺ちゃんだった。俺を除いて皆無謀なことはしない程度に精神は成熟しており、強盗や野党と遭遇しても戦闘を行えない程度に肉体は衰えている。つまり、自分の立場をわきまえている大人だということだ。
 頭を上げたカートが俺に目を向ける。カートが何を考えているのかはすぐに分かった。とりあえず口元を緩め答えておく。この場でなかったら頭をかきむしっている、というような表情を一瞬だけ見せたカートに俺はもう一度笑った。
 咳払いを一つして、カートが続ける。
「皆さんのご協力に感謝します」
 その一言は明らかに俺に向けられていた。苦笑するしかない。
「それでは書類の作成を行いますので別室にお願いします。外に職員がいますので、彼等の指示に従ってください」
 言い終え、黒板の前を離れたカートが扉を開いた。どうぞ、と扉の前に立つカートに俺を含めた被害者達は立ち上がり、出入り口に向かう。ただ率先して前を歩く者はいなかった。不安と、警備の詰め所という雰囲気がそうさせるのか一塊になって移動する。
 俺はその集団の一番後ろにいた。理由は単純だ。
「あ、リード・アークライトさんにはお話がありますので少し残って頂けますか」
 と、さも思い出したようにカートに言われることが分かっていたからだ。これぞ慇懃無礼。カートの声は完全に乾いていた。加えてこの季節に吹く風のように冷たい。俺はその場で立ち止まり、部屋から出て行く他の被害者達を見送った。今突然「監禁だ! リンチされる!」とか叫んだらどうなるだろか、何て事をふと思ったがあまり意味がなさそうなので思うだけにしておく。
 最後の一人が部屋から出たところで扉を閉め、カートが大きく息を吐いた。これみよがしの溜息に苦笑してしまう。こちらに向き直ったカートの眉間には深い皺が三本きっちり刻まれていた。
「俺の言いたい事が分かるか」
 問うカートに俺は自信をもって答えた。
「ほかに……好きな娘ができたんだ、だろ」
 カートは無言のまま二秒ほど俺の顔を見つめ、黒板に歩み寄るとチョークを手にする。そして「バーカ」とでかでかと書き、なぜか最後に流れ星を描き加えた。
 なんかしらんが物凄く侮辱されたような気分になる。
 俺も無言でチョークを手に取り、流れ星に潰された棒人間を黒板に描いた。そこに矢印を引っ張って「カート」としておく。
「話を聞こうか」
 とりあえず満足した俺はチョークを置き、手を払った。カートはしばらく黒板を見つめていたが結局チョークを黒板消しに持ち替え、二十五歳の男二人が繰り広げたという意味で悲惨な戦闘の跡を消し去った。
「首を突っ込むなと言ってるんだ」
 まぁ予想通りだ。
「もちろんそのつもりさ。ただ、ついふらりと町を出たくなることもあるかもしれない。それは俺の自由だろ?」
 表情を緩めて言う俺にカートが大きく腕を振る。その仕草はできの悪い息子を前にした母親のそれとよく似ていた。
「勝手にしろ、と言えたらどんなに楽だろうな」
 カートは苦虫を大皿一杯無理やり食わされたような顔をしている。カートとの付き合いは短くない。俺は彼が警備兵という仕事に誇りと責任を持っていることを知っていた。基本的にとぼけていはいるが最後の一線でどこまでも真面目な奴なのだ。
 俺は表情をあらため、小さく息を吐いた。
「別にお前達を信頼してないわけじゃない。でもな、俺にも面子があるんだ」
 ポケットに手を入れて自分の爪先を見つめる。
「お前、毎週欠かさずウチに見回りに来るよな」
「仕事だからな」
 顔を上げた俺にカートが答える。
「扱っているモノがモノだけに犯罪組織と結びつくことを警戒しなければならない、だろ?」
 カートは何も言わなかった。腕を組み、唇を引き結ぶ。ただダークブルーの瞳が肯定の色をたたえていた。
「それについては俺だって自覚してる。だからこそ退けないんだ」
 カートの目を見つめ、俺は言い切った。
「自分とこの荷物を盗まれました、はいそうですか、じゃ済ませられない。一度弱い所を見せたらあとは泥沼だ」
「だから俺達に」
 声を荒げようとしたカートを手で制し、続ける。
「もちろん俺一人にできることなんてたかが知れてる。でも、最低限度の意思表示はしなきゃならない」
 それが、爺ちゃんが親父に、親父が俺に武器の扱い方を教えた理由だ。
「その上、今回の荷は客に頼まれた物だ」
 数日前、舞台の上から俺に向けられたクリスの笑顔が頭の中に蘇る。あの子にとっては父親の形見なんだ。何としてでも取り戻さなければならない。
 握り締められたカートの拳が震えている。怒りよりは葛藤。そんな雰囲気が伝わってきた。即ち、殴ってでも俺を止めるべきか否か。だがこいつは殴らない。俺には分かっていた。
「悪いな。武器屋ってのはそういうもんなんだ」
 俺はカートの肩を叩き、その脇をすり抜けた。ドアノブに手がかかったところで背後から声がする。
「お前を、営業停止処分に追い込むこともできる」
 つい笑ってしまう。俺はそのままの表情で振り返った。
「それはないな」
「何の根拠があって」
 口元を歪めるカートに向かって小さく吹き出す。
「お前嫌いだろ、そういうの。声が無理してる」
 俺は、じゃ、と軽く手を挙げてドアノブをひねった。


 雨戸につけられた扉。そこにかかっている「外出中。すぐ戻ります。店主」と書かれた木の札を回収し、扉をノックする。
「ただいまー」
 と、言うや否や鍵の外れる音がして扉が開いた。
「おかえりー」
 クレアが迎えてくれる。うむ、懐かしの我が家だ。店に戻った俺はかじかんでいる手をこすり、息を吐きかけた。それから店内を一度見回す。
 特に意味はなかったのだが、ふと俺の顔を見上げているクレアの視線に気付いた。クレアは俺と目が合うとなぜかそっぽを向き「何もなかったよ」と言わなくてもいい事を言う。その、笑ってしまうくらい不審なクレアの行動に俺は、ふむ、と顎を手で撫でた。店内に変わった様子はない。商品を傷つけたとか、そういうことではなさそうだ。となると……。
 俺はある可能性に思い当たり、クレアの前で膝を折った。
「お前、おやつのエクレア食べたろ」
 相変わらず俺と目を合わせようとしないクレアの肩が微かに震える。
 動揺してる。動揺してる。
 そんなクレアの肩に手を置いて、俺は笑顔で言った。
「口にチョコレートついてるぞ」
 慌てて証拠の隠滅を図るべく手の甲で口を拭くクレア。だがそれは無駄なことだった。口を拭いたあとの、自分の手の甲を見たクレアが何かに気付く。そこにはきれいなままの手が……。
「謀ったな!」
「子供なんだから『うそつき』くらいにしときなさい」
 呆れつつ言う俺にクレアががっくりとうなだれる。
「うぅ、大人って汚い」
「朝からあれだけ嬉しそうに眺めてりゃな、分かるさ」
 普段の三割増しくらいで輝いていたクレアのブルーの瞳を思い出す。なんかもう周囲に音符が飛び、うきうき、という音が聞こえてきそうな態度だったもんな。
「さて、というわけでおやつの時間の前にエクレアに手を出してしまったクレア・アークライトに罰を与える」
 そう言って俺はかなり「悪そう」な顔をした。途端にクレアの表情が曇り、眉がハの字になる。小さな手を握り締めて唇を引き結ぶクレアの頭の上に俺は手を置いた。それだけでクレアの体がびくりと震える。目を閉じ、裁きを待つクレアに向かって俺は言った。
「判決。クレア・アークライトを今から二、三日留守番の刑に処す」
 最後にもう一度クレアの頭を軽く叩き、俺は立ち上がった。出発するなら早いほうがいい。レイとクリスにはもう事情を話してある。警備の詰め所からの帰り、修道院に寄ったのだ。
 俺が手紙を送った武器屋がある町とこの町をつなぐ街道は一本しかない。大したあてはないが、とりあえずその辺りから始めてみるつもりだった。本当は襲われた配達人に話を聞けるといいのだがそういうわけにもいかないだろう。警備の連中がきっちり押さえているはずだ。
 どこか呆然とした表情で俺を見上げるクレア。正直、俺はクレアが喜ぶと思っていた。留守番なんて罰でも何でもないし、早く寝なさい、と口うるさく言う俺もいなくなる。二、三日の開放感を享受できるわけだ。だからクレアの口から発せられた言葉が本気の怒りをはらんでいたことに少しばかり驚いた。
「どこ行くの!」
 目を大きくした俺にクレアが詰め寄る。逃がさない、と言わんばかりにクレアの手が俺のシャツをつかんだ。
「どこって、仕事さ。あ、俺が一人で遊びに行くと思ってるのか?」
 どうせそんな勘違いだろうとからかうように言ったのがまずかった。それは火に油を桶でぶっかけるような結果にしかならず、クレアの声がさらに大きくなる。
「そんなんじゃない!」
「じゃあ何だ?」
 困り、人差し指で頬をかく。俺にはクレアが怒っている理由がさっぱり分からなかった。頭の中で、んー、と唸り、考える。そのうちに、とうとうクレアは泣き出してしまった。目じりに涙が浮かび、それはすぐに玉となって頬を滑り落ちる。しゃくり上げるクレアの背中と頭に手を置き、俺は一つ息を吐き出した。
「寂しいのか?」
 尋ねるもクレアは首を横に振る。長い銀髪が一緒に揺れ、さらさらと音をたてた。クレアはわがままを言うような子じゃない。親と一緒に暮らしていないせいか同じ年頃の子に比べれば精神的な成長はかなり早かった。俺自身そんなクレアに頼っている部分があるだけに、いきなり泣き付かれ戸惑ってしまう。
 俺は指でクレアの涙を拭いてやり、柔らかく温かい頬に触れた。すんすんと鼻を鳴らしながらこちらを見上げるクレアに向かって微笑む。それが功を奏したのかクレアは自分が泣いている理由を話してくれた。
「だって、この前もお仕事だって、帰ってきたら、いっぱいケガしてて、もういやだよ……あんなの」
 そういうことか。
 途切れ途切れの声で言うクレアに本気で申し訳なくなる。からかう様な態度をとってしまったさっきの自分に蹴りを入れたくなった。この前、というのはレイと一緒に竜を相手にした時のことだろう。正直、俺の中であれはもう過去のことになっていた。生死の境をさ迷ったことさえ思い出にしてしまった自分がいる。
 考えてみれば生死の境をさ迷っている間俺には意識がなかったわけで、要するに死にかけたという実感がいまいち薄いのだ。だがクレアは違う。俺が目を覚まさなかった三日間、意識を持って俺を見続けた。俺が感じることのなかった恐怖や不安や心配を感じ続けたに違いない。そして、それは分かっていたはずだ。
「わたし、お兄ちゃんがいなくなったら一人ぼっちなんだよ……」
 クレアの言葉が胸に刺さる。俺は一度下唇を噛み、口を開いた。
「悪かった」
 あの日、昏睡から目覚めた時も同じように謝ったような気がする。何のことはない。俺が全く成長していなかっただけの話だ。それともただの思い上がりか。俺の腹に額を押し付け泣くクレアの頭を撫でながら奥歯を噛み締める。結局俺はクレアの保護者ぶっていただけなのだろうか。
 クレアの両親について本気で考えなきゃいけないのかもしれない。情報を握っている親父には毎年のように、開店記念日に帰ってくる度にはぐらされているがこのままでいいはずがなかった。
 クレアは一度として俺に「両親に会いたい」と言ったことがない。それが本心でないことは分かっていた。手をつなぎ歩く母子から目を逸らし、黙ったまま俺の手を強く握る。そんな事は何度もあった。
 俺は、そんなクレアの手を本当の意味で握り返していたのだろうか。
 面子、か。
 胸中でつぶやき、目を閉じる。そして長い瞬きの末に口を開く。が、喉から声が出る前に手で涙を拭いたクレアが俺の体を押し、こちらを見て恥ずかしそうに笑った。機会を失い、つい出かかった言葉を飲み込んでしまう。
 クレアは一度鼻を鳴らすと「ごめんなさい」と謝った。
「なんで謝るんだ?」
「だって、お仕事なのに」
 涙に濡れたブルーの瞳を見ながら、俺は小さく首を振った。それから微かに笑う。
「もっと我侭でもいいんだぞ」
 今度はクレアが首を振る番だった。
「わたしは……お仕事してるお兄ちゃんが一番好き」
 ただ心に染みる一言。
「そか」
 と短く答えることしかできなかったが、身心の奥深くにある炉に小さな火が灯ったことだけは確かだ。静かな、だが高温で燃え続ける小さな火。肺で熱せられた空気を吐き出し、俺はクレアに背を向けた。カウンターを回り込むと足元に常備してある得物を手早く身に付けた。
 両手剣を背負い、十数本のスローナイフが収められたベルトを腰に巻く。さらに両腰に短剣を一振りずつ。どれもかなりの業物だ。久しぶりに感じる装備の重みに気が引きしまる。
 と、何かを思い出したかのようにクレアが駆け出し、店から家の方へ入っていった。足音が遠ざかり、しばらくしてまた大きくなる。戻ってきたクレアは濃い灰色の布地を抱えていた。俺にはそれが何であるのかすぐに分かった。多少くすんではいるが男の子にとっての憧れの象徴だ。
 クレアから布地を受け取った俺はそれを一度宙で広げ、体を包むようにして身に付けた。爺ちゃんがまだ冒険者だった頃に使っていた外套だ。多少重いが寒さはしのげるし、ちょっとした刃なら通さないほど丈夫に作られている。
「似合うか?」
 問う俺にクレアが笑顔で肯いた。
「じゃ、行くな」
「うん」
 見送りのクレアを残し、外に出た俺の頬を冷たい風が撫でる。俺は一つ身震いして振り返った。なぜだろう。俺を見上げるクレアに母親の姿が不意に重なった。
「ケガしたらだめだよ」
 手をこすりながらクレアが言う。
「分かってる。お前も火と戸締りだけは気を付けろよ。夜はレイに戻ってもらうよう言ってあるから」
 はーい、と返事をするクレアに俺は踵を返した。が、ふと立ち止まってもう一度振り返る。
「俺のエクレア、食べていいぞ」
「いらない。あれはお兄ちゃんのだから」
 しばし考え、俺は口元を緩めた。
「そうだな。じゃあ帰ってから食べるよ」
「うん」
 クレアが嬉しそうに微笑む。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
 手を振るクレアの姿を心に刻み、俺は寒風の中歩き出した。


 適当に食料を買い込み、馬を借りた俺は町の出口を目指して手綱を握っていた。普段見慣れた町の景色もこうして馬の背から見てみると不思議な新鮮味がある。他人の頭のてっぺんを見ながら町を歩くなんて事はそうそうなかった。
 『風の丘亭』のマスターにとっては日常なのかもしれないけど。
 熊と比べても遜色ない体格をしているマスターを思い浮かべ、俺は微笑した。
 お出かけかい? と声をかけてきた顔見知りにおばちゃんに、商売で、と答えて先を急ぐ。動くなら早い方がいいということで急いで出てきたが、この分だと街道の途中で野宿することになりそうだった。まぁ、そのための準備はしてきたし、俺はベッドでなければ眠れないようなおぼっちゃんでもない。
 栗色の馬体に揺られ、蹄が石畳を叩く音をしばらく聞いていると町の出口が見えてきた。石畳も終わり、ここから街道が始まる。足音が石畳の硬から土の柔へ変わった辺りだった。一頭の、葦毛の馬が道を塞ぐようにして俺の前に出てくる。手綱を握っているのは先ほど黒板という名の戦場で一戦交えた男、要するに警備兵のカートだった。カートは黒の制服の上に支給品である紺色のコートを着、黙って俺を見つめている。
 見送りに来てくれた、ってわけじゃないよな。
 さすがに無視するわけにもいかず、手綱を引いて馬を止める。
「クラシックだな」
 そう言ってカートは微かに口元を緩めた。
「古き良き時代ってやつさ」
 わざとらしく肩をすくめて見せる。現在、ここまであからさまな外套を身に付けている者はそれ程多くない。カートのようなコートや、外套にしてももう少し軽く丈の短いものが今の主流だ。田舎ならまだしも王都辺りに行けば「時代遅れ」と笑われる格好ではある。まぁ、機能性を考えればこれが旅人には一番適していると思うので俺は別に気にしないが。そして何より、俺が子供の頃あこがれた冒険者の正当なスタイルでもあった。
「で、土産の催促か?」
 あまり長々と話をしている時間はない。本題に移るべく促す。カートは一度空を見上げ、世間話でもするような口調で言った。
「今回の件、俺が街道の捜査をすることになった」
 俺の片眉が僅かに動く。なった、とは言ってるがこいつが志願したことはまず間違いない。
「捜査の邪魔はするな。それだけだ」
 と、勝手に言いたい放題言ってカートが手綱を振る。大きく息を吐いた俺は馬を歩ませ、カートの隣に並んだ。
「ふざけんな。そんなに俺のことが心配か?」
 そんな俺に向かってカートが見せたのは本気の「馬鹿かお前は」という表情だった。
「さっきも言ったように俺はこの捜査に回されたんだ。しかし暴走不良市民監視のおまけ付きとはな。意外だったよ」
 やれやれ、と言わんばかりにカートが首を振る。
「素直じゃねーな」
「何とでも言え。とにかく勝手に状況をかき回されたらこっちが迷惑するんだ」
「へいへい」
 と迷惑そうな返事をしつつも、実際のところはありがたくもあった。正直な話、俺にはまったくといっていいほど情報がなかったわけで、とりあえず街を出たものの路頭に迷う可能性だって十分あった。あてと言えばマン・ゴーシュを発送してくれた武器屋に話を聞きに行くくらいだったし、適当に街道をうろついて野盗や盗賊を釣るつもりでさえいた。ま、カートのひねくれた友情に感謝だな。
 と、俺はふとあることに気が付いた。
「なぁ、もし俺が今日出発しなかったらどうするつもりだったんだ?」
 登場の仕方としては申し分なかったが、待ちぼうけになる可能性もあったわけだ。
 そしてしばしの間。
「研ぎ澄まされた勘は捜査の基本だ」
「考えてなかっただろ、お前」
 半眼でつっこむ俺にカートが選択した行動は完全無視。俺は薄青い冬の空を見上げ大きな溜息をついた。
 大丈夫かね、ほんとに。

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