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武器屋リードの営業日誌

第三話
─竜を追う者─

ライン

 手にしていた物干し竿を先程から葉を落としている木に立て掛け、自らもその幹に背を預けるレイ。
「ワシは帰るぞ。患者は一人じゃないからな」
 と、レイが口を開く前に言って先生はこちらに背を向けた。
「ありがとうございました」
 小さく曲がった背中に礼を述べるも返ってきたのは「ふん」という不機嫌そうな鼻息だけだった。先生にしてみれば精一杯のどういたしましてなのかもしれない。
「ねぇクレア。本読もっか」
「読む読む」
 微笑むセシルにクレアが飛び跳ねるような勢いで手を挙げた。セシルは俺に向かって小さく頷くと、クレアの手を引いて庭から廊下に歩いて行った。恐らく気を遣ってくれたのだろう。クレアに聞かせたくないような話ももしかしたら出るかもしれないし。ありがたかった。
「いい子にしてろよ」
 クレアの背中に向かって声を掛ける。
「お兄ちゃんこそお姉ちゃんにちゅーしちゃダメだよ」
「するかっ!」
 何なんだその具体的な手の出し方は。
 だったら胸揉むのはいいのかよ。と、思ってはみたもののさすがに口には出せなかった。女性三人に男が一人。味方は誰もいない。笑いも起きず、六つの視線に突き刺されて精神的に死ぬのが関の山だ。
 まぁ、そんなことはともかく。
 セシルとクレアの姿が完全に消えたところでレイの方へ向き直る。
 レイは一度自分の爪先を見つめ、何かを決意するかのように唇を引き結んだ。地面に穴が開きそうなほどの強い視線。それはそのまま持ち上げられ、俺に向けられる。
 受け止めなければ。
 手のひらにかいた汗を拳に握り込む。
 それから三秒ほどの間を置いてレイはゆっくりと話し出した。
「私の妹は竜に殺された。それは知っているな」
 頷き、返事をする。
「だが、ただ殺されたわけじゃない。そこには三人の人間が関わっていた」
 三人という数に俺の唇は微かに開いた。が、俺が推論を述べるまでもなく事実はレイの口からか語られるだろう。
「それがあの三人のハンター達だ」
 そこで言葉を切り、レイは長く息を吐き出した。胸に溜まった熱気を放出するような吐息。怒りの炎はレイの中で静かに、しかし高温で燃え続けているのだろう。
「その日、生け捕りにされた一匹の竜が村に運び込まれた。まだ小さいし、眠り薬もしっかり体に回っている。だから大丈夫だと彼等は言っていた」
「だが、大丈夫じゃなかった」
 レイが無言で俺の言葉を肯定する。彼女の漆黒の瞳がその濃さを増したような気がした。
「竜は戒めを引きちぎり、暴れた。小さいと言ってもその力は絶大だ。小一時間ほどで……いや」
 自嘲気味にレイが笑う。
「時間はよく覚えてなかった。とにかく村のほとんどが破壊され、多くの村人が死んだ。妹もその中の一人だ」
 眉寝を寄せ、顔を背けるようにしてレイが目を閉じる。
「夜、眠りに就くと今でも無数の悲鳴が聞こえてくる。耳の奥にこびりついて離れないんだ」
 レイは木の幹に背を預けたまま膝を折り、その場にしゃがみ込んでしまった。内に籠るように膝を抱き抱え、うつむいてしまう。
「あの子は私を助けようとして、突き飛ばしたせいで食われたんだ。私の目の前で。なぜ私など助けた。私が死ねばよかったのに」
 身を削るようにレイが己の手の甲に爪を立てる。流れ出た血に俺は慌てて彼女の手を握った。
 やり場のない怒りに満ちた表情とは裏腹にレイの手はひどく冷たい。よく見ればレイの手の甲には爪を立てたときにできたであろう傷跡が無数にあった。眠れぬ夜を過ごす度に傷を一つ増やしてきたのだろうか。
 俺はレイの手を左右に引き離し、血が出ている方の手にハンカチを巻いた。思い切り爪を立てたらしく結構深い傷になっている。
「あとでちゃんとセシルに手当てしてもらってな」
 薄いブルーのハンカチを見つめるレイの前にあぐらをかいて座り込む。
 俺がレイにかけてあげられる言葉なんて一つもない。少なくとも身内を殺された事がない俺にとってレイの苦しみは「他人事」にしかなり得ないのだ。もしレイの苦しみを心の底から分かってやれると思えるのなら、それはただの思い上がりだ。
 謙虚にならなければ、と思う。この世に生まれてたかだが二十五年。胸を張って誇れるほどのものを積み上げてきたわけでもない。偉い学者でもなければ高名な芸術家でも徳の高い教祖様でもない。
 俺の持っている感性なんて多分みんな持ってる。
 俺はただの兄ちゃんだ。ただの兄ちゃんが今のレイにしてあげられること。それが相手を促し、話を聞くことなんじゃないだろうか。俺はレイに共感してあげることはできない。ただ、それでレイの気持ちが少しでも楽になるのなら全て聞こう。たとえ今の俺に必要のない情報であったとしても。
 まぁ、要するに雑談を交えつつたまに真面目な話をして精神と情報の整理をしようと、こういうわけだ。
 手に巻かれたハンカチを撫で、レイが俺の顔を見つめる。
「あ、洗濯してあるから大丈夫だと思うけど」
「不思議な話だな」
 唐突に言われ、唇が「は?」の形で固まってしまう。
 レイは呆れたように微笑むと、ハンカチが巻かれた手をもう片方の手で包むように握った。その表情からは少しだけ黒いものが抜けたように見える。
「君が独りだという事実が、だよ」
 咄嗟に言うべき言葉が浮かんでこない。渋い切り返しができれば良かったのだが結局俺には苦笑しながら人差し指で頬をかくことしかできなかった。
「もう、これっきりにしてくれ」
 風が俺とレイの間に落ちていた一枚の葉を運んでいく。
「弱いんだ。こういう優しさには」
「迷惑だった?」
「そうじゃなくてだな……」
 何かを言おうとして、結局何かを諦めたような表情になってしまうレイ。頭の中にこんがらがった糸屑がつまっているような顔をしている。
「前言撤回だ。やはり君はもうしばらく独りかもな」
 意味はさっぱり分からなかったがレイの中で俺の評価が落ちたことだけは確かみたいだ。
 激しく納得いかないが今はそれを追及している場合でもない。逸れ始めている話の軌道を元に戻さなければならなかった。
「山で何があったんだ?」
 尋ねる俺にレイは二秒ほど目を閉じ、俺の顔を正面から見つめた。自然と俺も背筋を伸ばしてしまう。
「あの夜、私はあの三人を殺すつもりだった」
 事実のみを語ろうと感情を押し殺していることがレイの声からは伺えた。
 ひどく乾いた唇を気にしながら、俺は黙って頷く。驚きはあったが衝撃はなかった。まったく予想していなかったわけではない。レイがあの三人のハンターに殺意を抱くには十分な理由がある。
 彼等が竜の管理を怠らなければレイの村は破壊されず彼女の妹も死ななかったはずだ。
「村を出て何年もかけずり回った。泥水もすすった。残飯も漁った。やっとつかんだ千載一遇の機会だった」
 風に木が揺れ、乾いた音と共に数枚の葉が視界を横切る。
「焚き火を前に彼等は私の村の事を話し出した。目の前に村の生き残りがいるとも知らずに。彼等の中ではもう村の事は思い出になっていた。笑いながら、楽しげに話すんだ。干した肉と固いパンを齧りながら」
 形のいい唇を緩め、レイが薄く笑う。
「怒りを覚えた反面、嬉しくもあった。殺したいと心から思った男達は数年の時を経て何も変わってなかった。軽薄で傲慢で無責任。おかげで自分の憎しみを再確認することができた」
 言ってレイはブラックジョークを披露した皮肉屋のような笑みを浮かべたが、とてもじゃないが一緒に笑うことはできなかった。
 レイの抱いた憎しみの深さに唖然としつつ、そこに到達することがなかった自分の二十五年間は穏やかで幸せなものであったのだと再認識する。
 辛いことがまったく無かったわけではない。だが少なくとも誰かに心の底から殺意を抱いたことは一度としてなかった。
 口には出さない。きっとレイは嫌がるだろう。だが俺はレイに同情する。安っぽい感情かもしれないがレイをかわいそうだと思う気持ちを消すことはどうしてもできなかった。
「それで?」
 気が付けば止めていた呼吸を再開し、続きを促す。できるだけ表情は変化させないように気をつけてはいるが大丈夫だろうか。感情が顔に出やすいみたいだし、俺。
「そこから先は記憶が少しばかりとんでいる」
「どういうこと?」
 聞き返す俺にレイも首を横に振る。
「分からない。焚き火を囲んでいた事までは覚えているんだがその先の記憶がないんだ。気が付けば地面に横たわり、隣には二つの死体があった」
 顎に手を当て、俺はレイの瞳を見返した。にわかには信じられない話だ。気が付いたら死んでいたなんて。
「すまない。だが事実なんだ」
 申し訳なさそうにレイが視線を落とす。
「あ、いや……」
 俺は慌てて表情を改め、次の問いを飛ばした。とりあえず最後まで聞いてみないことにはどうにもなりそうにない。考えるのはその後だ。
「昨日、風の丘亭に来たハンターの男は側にいなかった?」
「彼はいなかった」
 彼、エイクがその間何をしていたのかは分からない。本人に直接聞くしかないだろう。しかしこれで昨夜レイがエイクを殺そうとした訳が分った。レイは竜を追うと共に、竜を追う者も追っていたというわけだ。
 クレアを人質にとってまで警備の人間に拘束されるのを拒んだのは機会を失わないためだろう。
 今だって自由に動ける状況ではないが、牢屋に入れられて取り調べを受けるよりかは自由度は高い。俺がレイを止めてしまったことが彼女にとって一番の誤算だったのかもしれない。
「でも、よくそんな状況で俺と食事をしようなんて思ったな」
「混乱して、いらついていた。少しだけでも発散させたかったんだ。それに、最後の晩餐のつもりだった」
 こちらに向けられた憂いを帯びた瞳に何も言えなくなってしまう。
「食事が終われば君の前から姿を消すつもりだった。遅かれ早かれ私はあの男を殺す。嫌だろ? そんな人間の側にいるのは」
「嫌だとか、そういう問題じゃないだろ」
 言うべき言葉が見つからない苛立ちについ口調がきつくなってしまう。すまない、とレイに謝られた後で俺は酷く後悔した。
「だが最後の晩餐が君とでよかった。楽しかったよ、本当に」
 微笑むレイに俺はきつい視線を正面からぶつけた。
「なぁ、早まったまねだけは絶対にしないでくれよ。押し付けがましい話だけど君のために動いてくれた人間がいるんだ。その人たちの思いを無駄にしちゃ駄目だ。もしどうしても自分の気持ちを抑えられなくなったら先生やセシルの顔を思い出してほしい」
「分かっている」
 漆黒の瞳で俺をしっかりと見返し、レイが頷く。
「彼等には感謝している」
「だったら、頼むよ」
「あぁ」
 短い返事。
 俺は小さく息を吐き、身じろぎした。
「悪かった。続けよう」
 手を組み、体を前傾させる。
「それで、リックが言ってた『男を引きずってた』ってのは?」
「それは事実だ。体の血はその時に付いた」
「なぜそんな事を?」
 殺した人間が死体を引きずっているのなら分からない話でもない。だが殺した覚えのない、自分が関わっていない死体をなぜレイが引きずっていたんだろうか。
「竜に死体を食わせるわけにはいかなかったからだ」
 顔に疑問符を浮かべた俺にレイが続ける。
「ハンターが狩りを行う前にキャストの実を口にすることは知っているか?」
「あぁ、痛みや恐怖心を取り除くためにだろ」
 昨夜、警備の詰め所の前でエイクに見せられた毒々しい赤い実を思い出す。
「そうだ。昔からハンター達の間では広く使われている。だがこの実を使うに当たって気をつけなければならないことがある」
「使い過ぎると心身に異常をきたすって話しだけど」
「もちろんそれもある。だがより気をつけなければならないのは、キャストの実を使用した人間を竜に食われることだ」
「というと、まさか」
「予想通り、キャストの実を使用した人間を食った竜は凶暴化する。そうなってしまえばもう手には負えない。人はただ逃げるのみ、だ」
 レイの言葉に唖然としつつも俺は口を開いた。
「じゃあ死体を引きずってたのは」
「隠すためだ」
 短く言い切るレイに俺の口から何とも言えない吐息が漏れた。賞賛か安堵か諦めか。
「よくそんな状況でまず死体を隠そうと思えたな。だって気が付いたらいきなり二つ目の前にあったわけだろ?」
「そうだな。だが生き残るために何をするべきか常に考えておかなければ竜を相手にすることはできない。もう癖だよ、ほとんど」
 苦笑するレイ。
「死体を見て悲鳴を上げるような人生にはもう戻れそうもない」
「でも戻りたいんだろ?」
「そうだな」
 言葉を切ったレイが目を細めて頭上、風に揺れる木の枝を見上げる。
「全てが終わったら戻るのも悪くない」
「だから全てが終わったらとか言うなって」
 俺は唇をへの字にひん曲げた。
「全てを終わらせないように何とかしようとしてる人間がいるんだから」
 頬杖をつき、レイの顔を下から睨む。俺の視線に気付いたのかレイは顔を下げ、こちらを見て少し困ったように笑った。
「頼むよ、っとに」
「分かっている」
 イマイチ不安なレイの返事を聞きつつ、俺は立ち上がった。ズボンをはたきつつ、訊く。
「で、結局あの日竜には会えたのか?」
「あぁ、会えた」
「それで?」
「走って逃げたよ。さすがに素手じゃ戦えないからな」
 立上がり、んっ、とレイが背を伸ばす。
「パルチザンはどうしたんだ」
「遺体の側に置いてきた。竜は金属を嫌うんだ。もっとも、気休め程度だが」
 竜にそんな習性があったとは。初めて知った。まぁ、気休め程度って言うんだから極度に嫌ってるわけでもなさそうだけど。
 ふぅん、と息を吐き顎に手をやる。
 一応これであの夜レイが血まみれでウチの庭に帰ってきた理由は理解できた。問題は意識を失い、気が付いたら隣に二つの死体があったという部分だろう。
 こんなことを警備に主張したってキチンとした捜査なんてしてくれないだろう。一日中ぶっ通しの取り調べが続き、最後にはやってないことまで「やりました」と言わされてしまう。
 この部分について少しばかり気になることがあるのだが、それを考慮しつつもう少し関係者に話を聞いてみることにしよう。差し当たってはもう一人の当事者、ハンターのエイクということになるか。
 昨夜彼が歩いていった方面にある宿を頭の中でリストアップする。といっても片手で足りるほどの数しかないのだが。こういうとき田舎というのは実にありがたい。
「じゃあ、もう少しだけ待っててくれよ。ここにいれば取り敢えずは安心だと思うし。それと最後にもう一度だけ言っとくけど」
 人差し指をレイの顔に突き付け詰め寄る。身を後ろに反らすレイにさらに一歩近付き俺は念を押した。
「早まったまねだけは絶対にしないでくれ。約束だからな」
「あ、あぁ。分かっている」
 突き付けられた指を見つめ、気圧されたような声で返事をするレイに俺は指をひっ込めた。これだけ言っておけば大丈夫だろう。
「行ってくる」
 残し、俺はレイに背を向けた。芝生を踏む音が葉のこすれる音に混じる。
「リード」
 背にかけられた声に足を止める。
 数秒の間を置いて、何かを噛み締めるような「ありがとう」が聞こえた。
 少し考えて、返す。
「アフターサービスってやつさ。またうちで槍を買ってもらうための、な」
 ひらひらと手を振って、俺は庭を後にした。

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