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武器屋リードの営業日誌 
ライン

 

 翌日、早朝。
 辺りには薄いもやがかかっている。町が目覚めるまでにはもうしばらくかかりそうな時間。俺とクレアは店の前に立ち、オーフィス、ミアとの別れを惜しんでいた。
 もう一日休んでいけばという俺の提案に二人は首を横に振った。あまりのんびりはしていられないらしい。これからは一直線にディストを目指すそうだ。
「本当にお世話になりました」
「あぁ、こっちも楽しかったよ」
 握手をかわし、互いに肯きあう俺とオーフィス。
 隣ではべそをかいたクレアをミアがべそをかきながら抱きしめていた。
 手紙書くね。絶対だよ。そんなやりとりが聞こえてくる。
 と、懐に手を入れたオーフィスが数枚の金貨を取り出した。
「こんな物でリードさんから受けた恩をお返しできるとは思っていません。ですが、せめて」
「いいって、別に。お金は無いより有った方がいい。こんな所で無駄遣いする必要なんてないさ」
 口を開きかけたオーフィスを手で制し、俺は腕を組んだ。
「たとえ王子様でも年下からお金なんて貰えないしな。俺の中にある規則ではそうなってる」
 一度言葉を切った俺は、でも、と続ける。
「俺たちのことを少しでも覚えていてくれたら嬉しいかな」
 俺たちが出会った縁の証として。
「精霊鍛冶師リード・アークライトの名、一生涯忘れる事はないでしょう」
 綺麗なブルーの瞳に見つめられ、俺は頬を掻いてしまった。
 精霊鍛冶師リード・アークライト。胸中で繰り返してみると笑いが出た。
「ねぇ、わたしは?」
「もちろんクレアのこともずっと忘れないよ」
 身をかがめたオーフィスがクレアの頭に手をやる。
 クレアははにかんだような笑顔で、うん、と肯きオーフィスの手を握った。
「では、これで」
 オーフィスとミアが同時に頭を下げる。
「精霊は常に君と共に在る。それを忘れなければきっと大丈夫だ」
「心に刻みます。リードさんに蘇らせてもらった精霊の力を二度と失うことがないように」
 オーフィスは指先で鍔の青い石に触れ、強く肯いた。
「本当にありがとうございました」
 ミアが深く頭を下げる。
 もしかしたら彼女はオーフィス以上に苦労するかもしれない。それでも自分が選んだ道だ。
 ゆっくりでもおっかなびっくりでもいいから真っ直ぐ歩いていって欲しい。
「ミア」
 呼びかけ、微笑んでみせる。
「はい」
 と返事をした彼女は「大丈夫です。任せてください」という顔をしていた。
 相変わらず少し頼りないけど。
 ミアにはオーフィスに内緒でプレゼントを贈っておいた。上手く使ってくれることを願う。
 最後にもう一度揃って頭を下げ、二人は石畳の道を歩き出した。
 胸の奥がくっ、と痛くなる。
 疲れたけど賑やかだったよな。悪くない出会いだった。人も剣も。
 乾いた唇を舐め、目を細める。
 と、不意にオーフィスが立ち止まり、こちらを振り返った。
「最後に教えてください。リードさんはなぜ武器を手にするのですか」
 突然の質問に俺は言うべき言葉を組み立てようとして、やめた。
「君に比べれば小さな理由さ」
 クレアの肩を抱く。
 それで十分だ。俺に民は背負えない。隣にいるちっこいので精一杯だ。
 オーフィスは一度満足げに笑うと、もう振り返らなかった。
 二つの背中はもやの中に溶けるように消えていき、あとには思い出が残るのみだ。
「行っちゃったね」
「あぁ」
 短く返事をする。
「お兄ちゃんは精霊……ナントカ、なの?」
 俺の顔を見上げてクレアが訊いてくる。
 何なんだよ、その期待に満ちた目は。どう見たって御伽話に夢中になってる子供の目じゃないか。
 両方の手で拳を握り、わくわくとなっているクレアに俺は小さく息を吐いた。
「残念ながら普通の武器屋だよ」
「えー、だってオーフィスお兄ちゃん言ってたよ」
「ありゃ嘘だ」
「だって、だって、お兄ちゃんが精霊の力をよみがえらせたって」
「オーフィスがそう思ってるだけ。実際は柄頭を変えてやっただけだよ」
「つかがしら?」
 クレアが首を捻る。
「剣のバランスをとるために柄の下に付いてる重りのことさ」
 あぁ、とクレアが手を打った。
「柄頭を重くして少し剣先を軽くしてやったんだ。オーフィスの体に合うようにな。ま、お祈りくらいはしたけどさ」
 確かにオーフィスの剣は最高の一振りだった。
 だがあれは飽くまでオーフィスの父親である先王のために打たれた剣。
 オーフィスにとっては「使い辛い」剣だったのだ。
 それもそのはず。ディストの先王はかなり大柄な人物で「大樹の王」と呼ばれたのはそのためでもあったのだから。
「全く同じ飾りを施した少し大きめの柄頭を作るんだから、結構苦労したよ」
 実はオーフィスに剣を手渡した時からバレやしないかとずっと心配だった。
 確かに苦労した。苦労したが本物に比べるとどうしても劣ってしまう。さすがに本物の職人には敵わない。
「でも、どうしてそんなウソついたの? 最初からつかがらし……つがかかし……つら……」
「つかがしら」
「そう、つかがしら変えるねって言えば良かったのに」
「それができれば良かったんだけどな。オーフィスにしてみれば先王が使っていた剣、そのままを使うことに意義が有ったんだ」
「どうして?」
「先王が使っていた剣を使いこなせるようになることで彼に近づけると思ってたんだろ。即ち、それは父親に認められるということだ。男にとって父親越えってのは一つのテーマでもあるしな」
「お兄ちゃんも?」
「俺はあんなもの生れた時から越えてる」
 あの不良中年、どこで何をしてるやら。
「オーフィスを説得しようかとも思ったけど、単純に筋力が足りないって言ったところで納得しそうになかったし。じゃあ筋力をつけます、とか言って体壊しそうだったから」
「ふーん」
「ま、オーフィスがもうちょっと大きくなれば完全な先王の剣が振れるようになるだろ」
 ちなみにミアには本物の柄頭を渡し、全てを話しておいた。
 何年か後、オーフィスが真実を知ったときにどうするのかは分からない。
 彼なら多分受け入れてくれるとは思うが、もし眉を吊り上げて兵を引き連れてきたら素直に謝ることにしよう。
「結局、ウソも方便ってことだね」
「そういうこと。じゃ綺麗にまとまったところで朝飯にするか」
「はーい」
 大きく伸びをして、朝日に照らし出された町並みを見つめる。いつもと変わらぬいつもの朝。
 今日も一日いい天気になりそうだ。

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