武器屋リードの営業日誌![]()
山は静かだった。風もなく木々の葉がこすれる音も殆どしない。
そのせいか全身に装備した武器同士のぶつかる金属音がかなり大きく響いていた。
ランプで足下を照らしながら一歩一歩進む。その度に武器が鳴る。森の動物たちにとってはいい迷惑だろう。
「なぜそのような重装備を?」
隣を歩いているオーフィスが訊いてくる。
短剣二振り、片手剣一振り、槍一本、スローナイフ十本、クロスボウ一機、その他もろもろ。
訊きたくなる気持ちも分かる。
「多い方が安心だろ? それとまぁ、新商品のテストを兼ねて」
実戦で武器を試せる機会なんてそうそうない。有効に活用しなくては。
「その強さが羨ましい。私にはとてもそんな余裕は」
「別に強くなんてないさ。言ったろ? 多い方が安心だって。臆病なんだよ、基本的に」
言って俺は微笑んだ。
そのとき不意に森が途切れ、視界が開ける。どうやら到着したようだ。山の中腹にある坑道跡。
幸いにも満月、視界は悪くなかった。
坑道の前はちょっとした広場になっている。その広場の上に十を越える影が長く伸びていた。
足場を確かめ、影の主達に歩み寄っていく。
「踏ん張りすぎると滑るぞ」
靴の下の砂利を踏みしめながら俺はオーフィスに言った。オーフィスは無言で肯き返してくる。
「おっと、そこまでだ」
ちょうど影の主たちの顔が確認できる距離まで歩み寄ったところで野太い声がかかった。
仕方なく足を止め、前に並んだどうでもいい十五のムサい顔と、二つの目当ての顔を見やる。
二つの目当ての顔とは当然クレアとミアのことだ。二人は後ろ手に縛られ、猿轡まで噛まされていた。
俺たちの姿に気付いた二人が身をよじり、呻き声を上げる。髪を振り乱して涙に濡れた顔を横に振るミア。
その一方でクレアは眉を吊り上げて自分を拘束している男の足を蹴っていた。
性格だな、この辺。
「うるせぇっ!」
怒声と共にミアの栗色の髪がつかみ上げられる。
恐怖にか、痛みにか、一度は目を閉じたミアだったが、それでも気丈に目を見開き何かを訴えるようにこちらを見つめる。
恐らくは「来ないで」だ。
隣で膨れ上がるオーフィスの怒気を肌で感じる。
牙を剥き出しにした猛犬のように、今にも跳び出してしまいそうな彼を手で制し、俺は一歩前に出た。
とりあえずリーダーだと思しき男に視線をやる。
「こいつらが世話になったようだな」
男が顎をしゃくってみせた先には、あのオーフィスを袋叩きにしていた四人がいた。
なるほどね。復讐ってわけか。
「礼でもしてくれるのか?」
「あぁ、たっぷりとな」
リーダーの一言に集団が気色の悪い笑みを浮べる。喩えるなら爬虫類系だ。
「じゃあお願いしようか。俺は風の丘亭のアップルパイが好きなんだが」
言葉を切り、笑う。
「三十秒で買って来い」
「ふざけんなっ!」
「何だよ、使えないな。じゃあ一分だけ待ってやる」
「……てめぇ、自分の立場が分かってんのか?」
おい、とリーダーが目配せする。ミアの喉元に手入れを怠っていそうな短剣が突きつけられた。
「武器、捨てろや」
リーダーの言葉にオーフィスが焦りの表情でこちらを見上げる。
俺は腰にぶら下げていたクロスボウを手に取り、言った。
「断る」
狙いはミアに短剣を突きつけている男へ。
「刺したきゃ刺せよ。だが」
可能な限り低い声を喉の奥から搾り出す。
「その子を殺した時があんたの死ぬ時だ」
男たちの間に僅かな動揺が広がるのが手にとるように分かった。
こちらが武器を捨ててごめんなさいとでも言うと思っていたのだろう。
冗談じゃない。そんなことをして何になる。四人とも死ぬだけだ。
クロスボウを構えたまま、視線だけをリーダーに送る。
「あんたの部下は命を賭して役目を全うするほどに忠実か?」
「もちろんだとも。なぁ、ハイク」
「は、はひぃ」
どう贔屓目に見てもハイクとやらの眼は「嫌です」と全力で絶叫してるんだが。
とにかく、遠慮は要らないということか。
俺は嘆息し、何のためらいもなくクロスボウのトリガーを引いた。
びん、という弦の解放音。
矢がハイクの手に突き刺さり、衝撃で跳ね上がった短剣が宙に舞う。
先手必勝!
ハイクの悲鳴、と同時に矢から大量の白煙が噴出した。俺は既に駆け出している。
あっさり混乱した男たちの怒号と煙の中、ミアの肩をつかんだ俺は後ろに引きずり飛ばした。
心配ない。オーフィスがいる。きっちり抱き止めてくれるはずだ。いなかったら……すまん。
とミアに対して詫びつつも、俺の手はクレアを求めて広げられていた。
腕に柔らかい髪の感触がかかる。クレアを抱き上げた俺はひとまず煙幕から逃れた。
すぐさま短剣でクレアの腕を縛っている縄を切る。
猿轡をはずし、お兄ちゃん、という小さな声と再会したところで煙幕は晴れてしまった。
これでは話をする暇もない。顔を震わせて半べそをかいているクレアの頭を思い切り撫で、地面に下ろす。
少し場所は離れてしまったが、クレアも拘束を解かれ、オーフィスの後ろにいた。奇襲は成功したようだ。
ショートソード、戦斧、曲刀、棍棒と統一性はないが男たちは武器を手ににじり寄ってくる。
俺は背負っていた槍、パルチザンを手にして腰を落とした。今回は初めから穂先が前だ。
しゃくりあげるクレアの声が柄を握る手を熱くする。
泣かせやがって。
舌打ちと共に胸中で呻いた。
オーフィスを一瞥する。彼の剣はまだ鞘に収まったままだった。
俺よりオーフィスの方が与し易いと思ったのか、男たちが彼を囲み始める。
俺に向かってきたのが三、オーフィスに十二だ。
まずい。さすがに三人を振り切って十二人に囲まれているオーフィスを助けるのは無理だ。
一対十二。無抵抗な一を殺すには五秒あれば十分だろう。
しかしこの期に及んでまだ悩むかあの男は。
「オーフィス! 君の後ろには誰がいるっ! 剣を抜け! 抜いて証明しろ!」
証明。言うまでもない。ミアへの気持ちだ。
好きなんだったら守って見せろ。
肩越しにオーフィスが振り返る。それでやっと炉に火が入ったのか、彼は剣を抜いた。
月光を取り込むようにして輝く刃はそれだけで男たちをたじろがせる。
斬られれば痛い、と心の底から思わせる刃。さすがだ。
それでも数の上で圧倒的に有利なせいか、男たちはじりじりと間合いを詰めていく。
先に動いたのはオーフィスだった。低い姿勢から一気に突っ込んでいく。
目標にした男の棍棒を斬り払い……と、そこで俺の視線は目の前に引き戻された。
俺を囲んでいた男の一人がショートソードを手に襲い掛かってきたのだ。
無謀、の一言に尽きる。パルチザンとショートソード、間合いの差は倍以上だ。
懐に入れば何とかなると思ったんだろうが甘い。
入れるかよ。
ショートソードを叩き落し、俺は男の肩に穂先をめり込ませた。濁音のみの悲鳴をあげ、男が地面を転がる。
追撃。俺は男の脚を突いて機動力を奪った。
始めから首でも突いて殺してしまえば手っ取り早いのだが、さすがにそういうわけにもいかない。
地面でうずくまる男から視線を移し、残る二人を睨み付ける。
穂先から血が一滴こぼれ落ちた。
男たちは動かない。顔を見合わせ、お前が先に行け、という表情を互いに向け合う。
結局二人同時に突っ込んできたところを柄で殴り倒してやった。
一人は鼻から、一人は口から血を流して地面とお友達になる。
こっちはともかくオーフィスだ。目をやれば倒れているのは三人。
幸いにもその中にオーフィスとミアは含まれていない。
だが、まだ九人残っている。きついことには変わりなかった。
短剣を振り払い、オーフィスがまた一人斬り伏せる。返す刃でさらに一人。
剣先から散った血が宙に舞い、夜空に弧を描く。
オーフィスの技は冴に冴えていた。揺らぐ事のない銀光がとてつもない速度で舞い踊る。
剣が一振りされるごとに彼の顔が自信に満ちていくのが分かった。
笑ってしまう。ちゃんと振れるじゃないか。失速もしない。
成功……したのか?
「リードさん!」
戦闘の最中にオーフィスはこちらを見て、肯いてくれた。
拳をきつく握る。彼は大丈夫だ。大丈夫なんだ。
「忘れるな! 精霊は常に君と共にある」
「はい!」
返事と共に繰り出したオーフィスの一撃が敵の数を一つ減らす。迷いの無い見事な剣筋だった。
俺はクレアが安全な所にいることを確認してから地面を蹴る。いや、蹴ろうとした。
嫌な予感、としか形容できないものが背中を駆け上る。
全身の筋肉を無理やりねじって反転した俺が見たものは、クレアの背後でナイフを振り上げているあの色素欠乏の暗殺者の姿だった。
どっから湧いて出やがった!
「クレア!」
クレアのきょとんとした顔がこちらに向けられる。ナイフを振り下ろす直前、暗殺者は俺を見て笑った。
それに何の意味があるのかは分からない。
だが俺にとっては意味があった。「時間」を手に入れることができたからだ。
パルチザンの柄にあるボタンを押し込む。
その瞬間、強力なバネに押し出された穂先が男に向かって疾走する。
穂先を追うようにしてダッシュ。驚異的な反射神経で穂先を避けた暗殺者に手にしていた柄を投げ付ける。
男がナイフで柄を払うのと、俺がクレアの手をつかんだのは同時だった。
クレアを胸に抱き、思い切り後ろに跳ぶ。男が放った横薙ぎの一撃が鼻先の空気を真横に切り裂いた。
男と距離をとったところで鼻に親指で触れる。
昨晩、家で襲撃してきた時と同じく男は全身黒一色だ。闇の色より濃い黒。
「お兄ちゃん」
震えるクレアの声を聞きながら舐めた親指は薄い鉄の味がした。
かすったか。
「大丈夫。すぐに終るさ」
涙目のクレアを一度抱きしめ、俺は両手に短剣を握った。
「これはあんたの差し金か?」
「関係ない。利用させてもらっただけだ」
男が腰を下げ、構える。それだけで大気が硬質化した。
「なぜクレアを殺そうとした。関係ないだろ」
「だがお前は少なからず動揺する。お前は邪魔だ」
男が淡々と冷たい声で言う。地面に唾を吐いた俺は短剣の柄を握り締めた。
「だったら……殺してみろ!」
先に動いたのは俺だ。受けに回ったってしょうがない。攻めろ。
武器のレンジは互いに短い。必然的に接近戦になる。
男の手は速かった。二振りの短剣を手にしている俺と手数が変わらない。その上変則的だった。
真っ直ぐ向かってきたと思った突きが下からの斬撃に変わる。
上体を逸らしてかわせばナイフは上まで上がってこない。そこで直線的に喉を狙う突きに変化する。
避ける時間はなかった。右手を振り上げ、向かって来るナイフを跳ね上げる。
がら空き!
すぐさま上体を下げ、俺は男の懐に跳び込んだ。男の肩をめがけ左手を突き出す。
その瞬間、世界が揺れた。妙な浮遊感がして、顎に受けた衝撃が脳天に突き抜ける。
顎を蹴り上げられたのだと認識できたときには、視界から男の姿は消えていた。
まずい。すぐさま男を捜すが焦点が定まらない。視界は歪んだまま、距離を取ろうにも足が言う事を聞かない。
うかつだった。最後の手段として、かろうじて動く腕を持ち上げ頭と心臓をガードする。
下半身に軽い衝撃。押された。誰に。
混乱する思考。他人のもののような気さえする体が押されるまま地面に倒れた。
俺の目に映ったのはひらひらと揺れる何か。何か……スカート?
「お兄ちゃんに触らないでよ!」
クレアが倒れた俺の前で手を広げて立っていた。足は、震えている。
当たり前だ。俺でさえこんな奴を相手にするのは恐い。それなのに……そうか、俺はクレアに押されたんだ。
俺を助けるために押してくれたんだ。勇気を振り絞って。
濁っていた意識が一点に向かって収束していく。血の味がする奥歯を噛み締め、俺は震える体を起こした。
「バカ! 嫌い! どっかいっちゃえ!」
泣きながら石を投げるクレアの肩に手をかける。震える足をねじ伏せ、俺は立ち上がった。一歩、前に出る。
「しばらく立てないと思ったが」
「立つさ。何があっても」
唇の端から血が流れ落ちた。口の中を盛大に切ってしまったようだ。
「大丈夫、って言ったのにな」
呟き、口を歪める。
「そのうえ助けられた。自分が嫌になるよ、情けなすぎて」
だからせめてこの場だけは。
「勝たせてもらう」
どうあってもだ。
短剣は両方とも手の中にはなかった。倒れた時に落としたのだろう。
俺は胸に提げたスローナイフを手に取り、狙いを定めた。
集中しろ。
スローナイフの表面を親指で撫で、確かにそこにあることを確認する。
沈黙。
男の足が地面を離れた。瞬間、とてつもない殺意が襲いかかって来る。
ナイフという牙を剥き出しにした黒い獣。それが俺を食い殺すべく走る。
俺は短く息を吐いてスローナイフを放った。
指先が痺れる。時間がひどくゆっくり進んでいるような気がした。男が手を引き、突きの体勢を作る。
スローナイフが男の耳元をかすめ、後ろに抜けたのはそれと同時だった。
男は笑ったはずだ。勝利を確信して。覆面に隠れた男の口が緩んだのが見えたような気がした。
だが、笑ったのは俺も同じだった。
俺の心臓を破壊すべく放たれたナイフが胸に触れた刹那、男が地面に倒れ伏す。
いや、俺が引きずり倒したのだ。
冷淡な男の眼に初めて混乱の光が宿る。何が起こったのか分からない。そんな顔をしていた。
勝負、ありだ。
腰のショートソードを引き抜き、俺は男の右肩を地面まで貫いた。
細身の体が弓のように反り返り、眼が苦悶と憤怒に歪む。それでも声をあげないのは流石か。
男の手から離れたナイフを蹴り飛ばした俺は中指からリングをはずした。
リングからは細い鋼線が延びており、それはそのまま男の首に巻きついている。
鋼線の終点は俺が放ったスローナイフだった。
かわされた瞬間、指で鋼線を操りスローナイフの軌道を変える。正直、やれる自信は半分も無かった。
丸太相手に練習しといてよかったよ、ほんと。
安堵のため息をつく。
「殺……せ」
細く、かすれた声で男が呻く。俺は口を歪め、男の肩に刺さったままになっているショートソードを軽く蹴った。
白く長い指を震わせ、男がこちらを睨み付ける。
仕事をまっとうできなければ死あるのみ。大したプロ意識だがこちらに押し付けるのはやめて欲しい。
「お前みたいな暗殺者でも殺せば人殺しなんだよ。死にたきゃ勝手に死ね」
口の中にたまった血を吐き出す。
オーフィスのためには今ここで殺しておいた方がいいのかもしれない。
だがクレアの前だ。それはしたくなかった。というか武器を扱ってるとはいえ俺だって普通の人間。
できれば人殺しなんかしたくない。今までも、これからもだ。
あ。
ふと、あることを思い出した俺は男が使っていたナイフを拾い上げた。それを見つめ、ふむと肯く。
リヒトフレイア……三代目か。悪くない。
「貰っとくぞ。窓の修理代だ」
実際は、ガラス窓なら余裕で二十枚は修理できるだろう。残りはまぁ、治療費とか慰謝料とか、あれやこれや。
「殺す。必ず殺す」
のろのろと立ち上がった男が搾り出すように言う。
赤みがかった瞳は空想世界の魔女が持つ邪眼のようだった。
「好きにしろ」
笑み浮べて言ってやる。男は大きく舌打ちして身を翻した。
一度目を閉じ、息を吐いて開いたときには男の姿はどこにもなかった。
ただ点々とこぼれた血が森に向かって続くのみだ。
必ず殺す、か。
そんなに心配はしてない。あの腕、元の様にナイフを振れるまでには回復しないだろう。
廃業だろうな、暗殺者。
男から取り上げたナイフを見つつ、大きく深呼吸する。気が抜けてしまった。
と、足に軽い衝撃。しがみ付いてきたクレアの頭を撫でた時、初めて心の芯から安心できた。
「わたし、泣かなかったんだよ」
そう言いながらクレアは泣いていた。小さな手で俺のシャツをつかみ、おなかに顔をうずめる。
あとはただひたすら泣き続けた。大粒の涙が上気した頬を流れていく。
俺はクレアをしっかりと抱きとめ、背中を撫でてやった。しゃくりあげる度に小さな背中が震える。
「ごめん」
謝ることしかできなかった。
「怪我、してないか?」
鼻をすすりながらクレアが肯く。それが何よりだ。
視線を転じればオーフィスの方もあらかた片付いたようだった。
怪我人を引きずり、男たちが逃げていく。
見たところオーフィスもミアも大丈夫そうだ。一対十二の状況を切り抜けたんだ。
完全復活と言っていいだろう。
剣を収めたオーフィスに向かって手を振る。が、彼はこちらを見向きもしない。
ミアと見つめ合い、何やら言葉を交わしている。
……なんか、二人の世界に行っちまってないか?
この位置からでは二人の声は聞こえない。身振り手振りから想像するしかなかった。
まぁ、何となく分かるんだけど。
オーフィスが何事か告げ、うつむいたミアが首を振る。詰め寄るオーフィス。あとずさるミア。覚悟を決めたような間をおいてオーフィスがミアをその胸に抱いた。
逃げるように身をよじるミアを抱きしめ、彼は半ば強引に唇を奪ってしまう。
一秒、二秒、三秒。
満月と星空の下、二人のキスは続く。
結局、六秒の長きにわたって行われた愛の儀式の後、ミアはオーフィスの胸に顔をうずめたのだった。
「いいなぁ」
潤んだ目のまま、クレアがそんな感想を漏らす。
「もう少し大きくなったらな」
クレアの頭に手を置き、俺は苦笑した。
しっかしああまで変わるかね。
いくら自信が回復したからとはいえあそこまで強引に出られるとは。俺にはとてもじゃないがマネできない。
うらやましいを通り越してムカツキすらする。美形の潜在意識には雄としての自信が生まれつき刷り込まれているんだろう。
あやかりたいものだ。とりあえず拝んどくか?
「お兄ちゃん?」
祈りのポーズをとった俺にクレアが怪訝そうな顔をする。
「ご利益ご利益」
「お兄ちゃん」
クレアが俺の足をぽん、と叩いた。
「寂しいんだね」
「……頼むからやめてくれ。哀れみの眼で俺を見るのは」
ふるふると首を振るクレア。
「いいの。誰にだって辛い時はあるんだから。でも、どんなに暗い夜だっていつかは明けるし、どんなに土砂降りの雨だっていつかはやむんだよ」
「誰が言ってた? それ」
「天気読みのお爺さん」
「ありがたいような、ありがたくないような」
「あ、あとツバメが低く飛ぶと雨が降るんだって」
「そか」
微笑し、再びオーフィスとミアを見やる。二人はまだ抱き合ってやがった。
いいかげん石でも投げてやろうかと思ったが、人格を疑われそうなので止めておく。
腰に手を当てて見上げれば見事な星空だった。何はともあれ二人が幸せになってくれれば、と思う。
障害は多いだろうが今のオーフィスならば大丈夫だろう。ミアを守っていけるはずだ。
二人の行く末に幸多からんことを。そして俺に素敵な恋を。
長く尾を引く流れ星は俺の願いを聞き入れてくれるだろうか。
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