猫と魔術
プロローグ
竜が天を舞い、己の全てを只一振りの剣に賭けた男がいた。聖なる乙女は精霊と言葉を交わし、魔法使いと呼ばれる者たちは、その手に炎を、風を、雷を、そして時には光と闇さえも宿した。
自然の理を探求し、無から新たな生命を、石から金を生み出そうとした錬金術師たち。
暗き森には人知を超えた生物が潜み、新天地を求め海原に漕ぎ出した船を巨大な渦が飲み込む。
世界は不思議と冒険に満ちていた。
だが、この世に生きる全ての人間が不思議と冒険を求めた訳ではない。
平凡ながら安定した毎日を選んだ人々もいた。時として持ち上がる問題も役所に訴えれば大抵の事は解決してくれる。
退屈である、という自覚さえしなければ幸せな生き方なのかもしれない。
さて、そんな人々の「退屈」を守ることを仕事にしてしまった者たちがいる。役所の市民生活保護課、要するに厄介事処理係である。
時は新暦1254年、海の月第三週の五日、朝。舞台は田舎街トゥール、市民生活保護課。
物語はそこから始まる。