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妹と弟とシグ・ザウエルP226 2nd
─拳をどうぞ、お嬢さま─

ライン

その8

「どうぞ、お掛け下さい」
 促されるままやたらと座り心地のいいソファーに腰掛ける。通されたのは応接室。広さはそれほどでもないが小さなバーカウンターや高そうなAV機器が揃えられ、趣味の良さはうかがえた。大人の秘密基地とでも言えばいいのだろうか。何よりあの派手なライトとタバコの煙、そして大音量の音楽が全くと言っていいほど流れてこないのがありがたかった。
 逆に言えばこの部屋で悲鳴を上げても外には聞こえないということでもある。ま、そんな事態は御免こうむりたいが。
 店長の雑賀が俺の対面に座り、その後ろにはスーツ姿の男が二人控えている。身にまとっている雰囲気から堅気の人間ではないことはすぐに分かった。善良な教育実習生相手にこんな奴らを連れてくるなんて何考えてるんだ、まったく。
 何てことを懐に吊ったP226の重みを確認しながら思う。俺は足元に置いた自分の鞄からLSDが染み込んだ紙袋を取り出し、テーブルの上に乗せた。雑賀が身を乗り出す。
「生徒から没収したものです。どうもLSDとかいう麻薬の一種らしいんですが……」
「ほぉ」
「生徒を問い詰めたところこの店で買ったと言いました」
 言葉を切り、上目遣いで雑賀を見る。雑賀の表情に変化はない。
「それで、どうも生徒はこれを自分で使うのではなく『売らされている』ようなんですが」
「ウチがおたくの生徒さんにドラッグを売らせていると?」
 組んだ足の上で雑賀が指を組む。わずかに不機嫌になったその声に俺は心中で息を吐いた。茶番だ。そう思いながら。
「いえ、そういうわけでは。ただ『あいつらが許すわけない』とも言ってましたし、何かこの店の客で怪しい人物がいないかとか、情報があれば教えて頂きたいと思いまして」
 ふむ、と雑賀が顎に手をやる。俺から視線を外して考えるような素振りを見せる彼を視界の端に残し、後ろに立つ二人の男に注意を配る。あのスーツの膨らみ。間違いなく脇に「吊っている」
 ま、こっちだって初めからそのつもりで来たから別にいいんだけど。周囲に分からないようにため息を一つ。と同時だった。不意に雑賀が忍び笑いを漏らす。十秒ほどだろうか。彼は笑い続け、最後に大きく息を吐いた。
 口元を歪め、いつでも抜けるよう左手に全神経を集中させる。そんな俺の警戒心を解くつもりだったのだろうか。雑賀はわざとらしく肩をすくめてみせた。
「もう止めましょう、こんな茶番」
 その一言で俺は全てを理解した。要するに……、
「ねぇ、警備員さん」
 全部ばれてやがった。
 俺は一度自分の手元を見下ろし、それからどこか得意げな雑賀の顔を見つめた。得意げにもなるわな。一部で米軍よりも性質が悪いと言われる警備会社を出し抜いたんだから。会社に戻ったら情報管理体制について社長に進言することにしよう。もちろん社長のおごりで高いご飯でも食べながら。もちろんタクシー代も社長持ちだ。おみやげは酔っ払いのお父さんがぶら下げているいる「アレ」以外認めない。
 そんなことはさておき。
「誰が耳だ」
「蛇の道は蛇、とだけ」
 答え、雑賀が再び忍び笑いを漏らす。優秀な蛇をお飼いのようで羨ましい限りだ。見つけたら可愛くちょうちょ結びにしてやろう。
「ただ勘違いして頂きたくないのですが……」
 雑賀が背もたれに預けていた身を前に乗り出す。
「私たちが情報を集めているのはあなたがたと争うためではなく、あくまで自衛のため」
 俺は無言のまま視線で次の言葉を促した。
「そちらには遥かに及びませんが、かと言って私達も素人ではありません。あなた方と敵対することに対するリスクがどれほど大きいかは承知しています」
「それで?」
 短く問う。
 答えは行動で示された。雑賀がスーツの懐から取り出した数枚の写真をテーブルに放る。写っていたのは先ほど俺を脅した二人の男子生徒だった。写真の背景は本屋、CDショップ、コンビニなどいずれも商店であり、どうも万引きの瞬間を盗撮されたもののようだ。
「いい学校に通ってる生徒さんでも結構あるんですよね、こういうの」
 写真を見ながら雑賀はなぜか嬉しそうに笑った。
「もちろん彼らに金がないわけじゃない。むしろ平均的なサラリーマンより遥かに多くの金を持っている。だからこそ心が求めるのでしょうね。スリルを」
 そこで雑賀は小さく吹き出し「困ったものです」と付け加えた。
「確かに困ったものだがヤク扱ってる本職のヤクザ屋さんに言われたくはないと思うぞ」
 口元を歪めて言う。そんな俺に雑賀はただ笑うだけだった。
「で、この写真をネタに薬をさばかせてたってわけか」
「端的に言えば」
「じゃあもう一つ端的に答えてもらおうか」
 雑賀の目を正面から見据える。
「こいつらから……いや、あの学校から手を引け」
 沈黙。そして空気が張り詰める。脇に控える男たちの右手が視界の端でわずかに持ち上がった。同じくこちらも左手、特にトリガーを引く人差し指に熱がこもる。
「そう恐い顔をしないで下さい」
 やれやれ、といった表情で両手を持ち上げる雑賀。その動作が固まっていた空気を元に戻す。
「答えはもちろんイエスです。確かに美味しい市場ではありましたがあなたを敵に回してまで抱え込むほど美味しくはない」
「賢明だな」
「私たちがしているのは博打ではなくビジネスですから。賢明なのではなく当然の判断です」
 でしょ? とでも言いたげに雑賀が首をかしげて見せる。
「今流行りの経済ヤクザってやつか」
「ま、そんなところです。任侠と暴力を良しとする先輩方にはウケが悪いですけどね」
 言って雑賀が苦笑する。
「暴力で人を動かすような時代はもう終わりです。例え動かせたとしてもそれは一時。必ずどこかで歪み、破綻する。その点金はいい。社会システムの一部ですから暴力に比べて遙かに歪みも破綻も少なくて済む」
「金さえあれば何でもできる、ってわけか」
「まさか」
 皮肉げに言う俺に対し、雑賀は少々わざとらしくそれを否定してみせる。
「世の中の全てが金で買えるなんて思ってませんよ。ま、買えて八割がいいところ。ですが……」
 セリフを切り、雑賀が俺を見て微笑した。
「金で買えない残りの二割は金を生まないものです。だから何の問題もない」
「なるほど。確かに真理だ」
 言って俺もわざとらしく肯いてやる。俺はごめんだけどな、そんな人生。確かに優菜と優希は金を生まない。むしろ消費する。が、二人のいない世界なんて俺にとって無価値だ。滅んでくれたって全く問題ない。他人は困るだろうけど。
 もちろんその事について今雑賀と論戦をするつもりはない。ここは哲学カフェではないのだ。そんな事より俺にはもう一つ確認しておかなければならないことがある。というか本来こっちがメインなのだが。
「朝倉沙耶。この名前に聞き覚えはあるか」
「あります」
 雑賀の返答は早かった。
「じゃあ俺が何を望んでいるかも分かるよな」
「もちろん彼女からも手を引きます。もっとも、もうちょっかいを出す必要もありませんがね」
 学校内で売買されるLSD。その件に関して探りを入れていた沙耶が鬱陶しかったのだろう。沙耶の周り起きていた妙な事とはつまりそういう事だ。
「ただ私たちも本気で彼女をどうこうしようとは思ってませんでしたがね。好奇心旺盛な仔猫に教えてあげたかっただけ。不用意に藪をつつくととんでもないものが出てくると。その証拠に彼女には一切怪我をさせていないはずです。まぁ、朝倉のお嬢さんに傷を付けるというのもなかなか勇気のいることですが」
「何にせよ」
 テーブルの上に広げられた写真を手に取り、スーツの内ポケットに納める。
「話し合いでかたが付いてよかった。物分かりが良すぎて少しばかり気持ち悪いけどな」
「それはこちらも同じこと。国内最強の殺し屋がまさかこんな好青年だったとは」
 雑賀の皮肉に俺は苦笑を一つ返して立ち上がった。手に愛用の鞄とネギが顔を出した買い物袋を握る。
「じゃあな。もう二度と会うことはないだろうが」
「そう願いたいものです」
 俺は少しだけ長い瞬きをして踵を返した。が、ふと肩越しに振り返る。
「さっき『暴力で人を動かす時代は終わりだ』って言ったよな」
 雑賀は無言のまま肯いた。
「じゃあなんでこいつらは銃を持ってるんだ?」
 雑賀の脇に立つ二人の男に視線を飛ばす。
「そりゃ私らヤクザですから」
 それが何かと言わんばかりの答え。足を組み、不敵な笑みを浮かべる雑賀の顔を三秒ほど見つめる。
「食えないな、まったく」
「お互いにね」
 今度こそ俺は雑賀に背を向けて部屋を後にした。重たい防音扉を抜け、再び音と光の濁流に包まれる。右手首の腕時計を見れば時刻は六時半。何とか予定通り七時までには帰れそうだ。少しばかり拍子抜けはしたが。それと嫌な予感も。
 ま、とりあえず今はお仕事はおしまいおしまい。あったかいマイホームでハンバーグをこねるとしますかね。
 防音扉をもう一度だけ一瞥し、俺は店の出口に向かって歩き出した。

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