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妹と弟とシグ・ザウエルP226
 

 11

 少し眠ったようだ。
 目を開けると、目を閉じる前と同じビルの群れがそこにあった。変わったのは空を流れる雲の形くらいか。
 眼下からは忙しく行き来する車の排気音が途切れることなく聞こえてくる。
 といっても別に巨人になったわけではない。
 俺はとあるビルの屋上にいた。屋上へ出るための扉に背を預けて座り込んでいる。
 このまま雲を見ながら眠れたら幸せなんだが、そういうわけにもいかない。
 右腕に嵌めた時計を見ればそろそろ時間だ。
 俺はのろのろと立ち上がると目の前に置いてある細長いケースからスナイパーライフルを取り出した。
 大きな欠伸をしながら屋上の縁まで歩く。
 腹ばいになり、ライフルを構える。
 大通りを挟み、六つのビルの間を抜け、さらに通りをもう一本。距離にして約800ヤード。
 そこがフレンドの社長室、つまり後藤雄一が存在する部屋だ。スコープに目を当て、トリガーに指をかける。
 スコープの中の後藤は昼間から飲んでいた。
 値の張りそうな机の上にはそれ以上に値の張りそうなワインが置かれている。
 のんきなもんだ。
 一度目を閉じた俺は全神経を指先に集中させた。まず音が消え、続いてスコープ外の世界が消える。
 音のない暗闇の中、一本の線で繋がる自分とライフル、そして社長室。
 俺は躊躇わずにトリガーを引いた。
 スコープの中、ワインボトルが砕け散る。
 その瞬間、消えていた音と光が引いた波が押し寄せるように一気に戻ってきた。
 長く息を吐き出し、ポケットの携帯電話を手に取る。
 目的の番号をプッシュすると二回の呼び出し音の後で相手が出た。
「誰だっ」
 後藤は酷く興奮し、うろたえている。初めて聞いたが酷いダミ声だ。俺にとっては煙草の煙並に不快だった。
「皆川はるかから手を引け。二度目はない」
 一方的にそれだけ告げて俺は電話を切った。後藤がよほどのバカでもない限りこれで分かるだろう。
 携帯電話をポケットに戻し、スナイパーライフルをケースに収める。
 最後にもう一仕事、か。
 ケースの蓋をぱたん、と閉じたところで立ち上がった俺は一拍おいてから振り返った。
 同時に鉄の扉が甲高い音と共に開く。青空の下、薄汚れた黒いコートが揺れた。
「来るような気がしてた」
 よろめき、扉脇の壁を背もたれにして立つ男に向かって俺は笑いかけた。
 反応らしい反応は何も返ってこない。恐らくその気力も体力ももう残っていないのだろう。
 初めて廃工場で出会ったときに感じた気迫はどこにもなかった。
 コートの裾からは水滴が零れ落ち、コンクリートの上に赤黒い染みを広げている。
 こちらを見つめる瞳に光はほとんどなかった。口を大きく開け、呼吸をする度に肩が大きく揺れる。
 一つにまとめられていた長い髪は濡れ、解けて広がっていた。
 幾発もの銃弾に体を撃ち抜かれ、支えがなければ立っていられない半死半生、いや九死一生の男。
 動くはずのない体を気力で動かし、血を吐きながら男はここに辿り着いた。
 何のために?
 男の腕が持ち上がる。手には一丁の銃。
 俺を殺すためにだ。
 傷だらけの唇を舐め、俺はP226を構えた。男の手ははっきりと震えている。
 もう俺の姿さえまともに見えてはいないだろう。膝が折れ、男の体が沈む。
 それでも銃を構えた腕を下げようとしない。定まらない銃口で俺を狙おうとする。
 俺は銃のグリップを握る手に力を込め、男の心臓に狙いを定めた。
 どこからからクラクションが聞こえる。
 二つの銃声が、重なった。
 その銃声を押し流すような強い風。吐き出された薬莢がからからと転がる。
 背後の壁に赤い帯を描き、男の体がゆっくりと崩れ落ちた。
 銃を収めて二つの薬莢を拾い上げる。
 男の撃った弾は俺の足元のコンクリートをわずかに削っただけで、どこかに消えてしまった。
 手のひらの上、まだ少し熱い薬莢を見つめてからポケットに落とす。
 ライフルケースを片手に俺はドアノブをひねった。
 俺が男にかける言葉などどんなに探しても見つかりはしない。いつもの事だ、こんなのは。
 その時、男の手に何か紙のようなものが握られているのに気が付いた。
 といっても今にも風で飛ばされ、男の手から離れようとしている。
 俺が手を伸ばした瞬間宙に舞い上がったが、何とか捕まえることができた。
 それは一枚の写真だった。握られていたため幾つもの皺がはいっているが、何が写っているのかは分かる。
 どこかの大きなパーティー会場。一人の中年男性を中心に黒いスーツをまとった男たちが並んでいる。
 その中にはあの通訳の男もいた。
 会合か何かの時に取られたのだろうが張り詰めた雰囲気はまるでなく、中年男性を中心に皆が笑顔だった。
 そして、中年男性の隣でこの写真の持ち主も笑っていた。
 他の男たちのように口を大きく開けて笑っているわけではない。
 だが、写真の中では彼が一番幸せそうに見えた。
 俺は写真の皺を手で伸ばし、コートの胸ポケット深く差し込んだ。これで風に飛ばされることはないだろう。
 かける言葉なんて見つかりはしない。いつもの事だ、こんなのは。
 俺は扉を押し、屋上を後にした。

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