君と俺と世界の繋がり

ライン

その1

 時は十二月二十三日。赤服ともみの木と玩具屋とケーキ屋とホテル屋がドリームチームを結成し独り身の首を狩りに来る邪教の祭り前夜祭まであと一日と迫った今日この頃、俺は大学の生協の前で何となく空を見上げていた。
 寒さにかじかむ手を安物のコートのポケットに突っ込み、鉛色の雲に向かって白い息を吐く。周囲から聞こえてくる楽しげな男女の声。クリスマスを前に大学構内は完全に浮き足立っていた。
 まぁ、俺たちの年代のためにあるイベントみたいなもんだし、仕方ないといえば仕方ないか。もっとも、俺のためにあるイベントではないのがちと悲しいが。気が付けば四年生。卒論もあらかたまとまったし、ありがたいことに就職も決まった。春になる前にはこの街を去り、故郷の小さな法律事務所で働くことになっている。そんな、ちょっとした空白の時に訪れる学生生活四度目のクリスマス。二度あることは三度ある、と言うが三度あることは四度あるらしい。
 要するに、今年も俺は独りだった。
 友達がいないわけではない。だが彼女がいる奴等を飲みに誘うのはさすがに気が引けるし、彼女がいないやつらにしたってクリスマスに男と酒など飲みたくないだろう。俺からは誘わないし、実際相手からも誘ってこない。クリスマスが終われば忘年会の話とかも出るんだろうけど今は大人しくしてなければならない時期なのだ、独り身にとっては。
 口元を苦く緩めて少しだけ長い瞬きをする。吹き抜けた寒風が並木を揺らす音。その冷たさに耳が痛くなる。
 寂しくないと言えばそれは嘘だった。大学構内で楽しそうなカップルを見かけて下唇をかみたいような気分になったのも一度や二度ではない。だが生来の正確なのか、どうにも女性と話をするのが苦手だった。話したいと思う気持ちはあるのに。
 でもまぁ、デートする金もないしな。
 ポケットの中、指先で触れた小銭が鳴る。父親が病気がちである我が家は正直あまり裕福ではなく、大学にも奨学金をもらって通っている身だった。当然仕送りなどない。バイト代のほとんどは生活費に消えてしまう。
 だからきっと女の子は楽しくない。
 もうやめよう。鉛色の空を見ながら暗いこと考えてたらほんとに気が滅入ってしまう。帰ってカップラーメンでも食おう。
 と、前を向いて歩き出そうとしたときだった。灰色だけだった視界の端に不意に鮮やかな色が生まれる。鳥か? と思いつつ視線を向けた俺の目に映ったのはこちらに向かって空からまっ逆さまに落ちてくる女性の姿だった。
 何かを考える余裕などない。体は避けることよりも受け止めることを選択していた。腕を伸ばし女性を抱き止める。どん、とバスケットボールを投げられたほどの衝撃があって俺は女性を抱いたまま背中から地面に倒れこんでしまった。
 地面に倒れこんだまま短く声を漏らす。混乱は後からやってきた。どこから落ちてきた。自殺? なぜ自分は無事なんだ。思えば間違った選択だった。衝撃が少なすぎる。など、思考の断片が頭の中を好き勝手飛び回り、形を成してくれない。ただ荒れた呼吸と鼓動、そして冷や汗にぬれた背中だけが正直にこの不測の事態に対して驚きを表していた。
 深呼吸しようと大きく吸い込んだ息と共に柔らかい香りが鼻を抜ける。自分の手が触れている女性の肩の柔らかさに戸惑いつつ、俺は「あ、あの……」と声を漏らした。
 反応はない。よく見れば女性は妙な格好をしていた。青、と言っても絵の具の青ではなく、海の青色のワンピース。両手首には赤い石が嵌め込まれたブレスレットを着け、額には何やら見たこともない記号が掘り込まれたバンドが巻かれている。何と言うか、一言で言うなればゲームかアニメの世界から抜け出してきたような格好だった。
 長く伸ばされた銀髪は一房だけが金管で束ねられている。その髪の間から伸びた長い耳。どうもこの女性はいわゆるエルフのコスプレをしているらしい。確かにウチの大学にもその手の同好会はある。あるが、どうにもこの女の子は違う。そう考える根拠は一つ。あまりにも可愛いのだ。噂になってなければおかしいほどのレベルで。
 伏せられた瞼の間から覗く長い睫毛。真っ直ぐに通った鼻筋の下、わずかに開かれた唇につい見入ってしまう。綺麗よりも可愛い。ただそれ以上に雰囲気と言うか、身に纏っている空気が違うのだ。異国よりもさらに遠くを想像させずにはいない。
「大丈夫?」
 声を大きくして呼びかける。それでも女の子は反応しない。肩をゆすっても反応しない。
 ちょっと……本格的にまずいんじゃないだろうか。かわいさに感心してる場合じゃない。頭でも打ったか。
 俺は救急車を呼ぶべく携帯電話を取り出した。遠巻きに見ていた他の学生たちもざわめき出す。その時だった。不意に女の子が着けているブレスレットの赤い石が明滅を始める。
 刹那、地面からとてつもない量の光が垂直に立ち上った。反射的に目を閉じたものの光は瞼の上から容赦なく眼球を痛めつける。
 巨大な懐中電灯のまんなかに立たされたらこんな感じなんだろうか。目じりから流れた涙を手の甲で拭う。と同時に意識が混濁した。支えられなくなった体が地面に倒れていく。それをどこか遠くから見ているような感覚。
 完全に気を失う寸前。九十度回転した視界の中で俺がみたものは、地面に描かれた円とそれに沿って記された奇妙な記号の羅列だった。

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