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武器屋リードの営業日誌 番外編 その4
武器屋リードの休業日
─シュークリームにまつわるあれこれ その2─

ライン

その3

 なぜこんな事になってしまったのだろうか。
 いや、理由は分かっている。
「おぉ、絶景かな、絶景かな」
 俺の左肩に乗り、背後を見ながら王様気分を味わっているこいつのせいだ。
「この光景を見れば故郷の両親もきっと喜ぶことだろう。あぁ、ムゥちゃん立派になって、と」
 予想外にかわいらしいこいつの本名については置いておく。そもそも故郷ってどこだ。とりあえずこいつの両親(髭の生えたシュークリームと口紅を塗ったシュークリームに違いない)に損害賠償という名の金銭的誠意を見せてもらう算段をしつつ、俺は夜の町を全力で走り続けた。
 背後を振り返る余裕などない。だが女性の甘いものにかける執念というか、殺気は背中で嫌というほど感じることができた。そりゃそうだ。刃物を持った女性、数十人に追いかけられてるんだから。
「よかったなぁ、武器屋」
「うっさいわ、こんがりきつね色!」
 荒くなる呼吸に怒声を混ぜ、俺は石畳を蹴って角を曲がった。奥まで伸びる細い路地。水溜りを跳び越え、ゴミ箱を跳び越え、寝ていた野良犬を跳び越え、走る、走る、走る。
 だがどれだけ走っても背中で感じる甘味への執念が消えない。しかし殺気や怒りをぶつけられた人間はいても、直接食欲をぶつけられた人間というのはそういないのではあるまいか。貴重と言えば貴重な体験……なのか?
 張り付く喉に唾を流し、肩越しに背後を一瞥する。女性達との距離は縮まりこそしていなかったが、開いてもいなかった。並の女性なら振り切れる程度の脚力はあると思っていたのだが。見た感じ捕食者、もとい、お嬢さんたちの数は減っていない。特に足が速い女性達が付いてきている、というわけではなさそうだ。
 というか、むしろ増えているような気がするのだが。
「はっはっー、大人気だな武ぎっ」
 肩の上で高笑いするシュークリーム様に無言でチョップを叩き込み、走り続ける。手刀の形にへこんでいたシュークリーム様は何事もなかったかのように、ぺこん、と元に戻った。
 今さらのようではあるが何て面妖な。
 短く息を吐いて地面を蹴り、さらにもう一つ角を曲がる。俺はこの辺りの地理に詳しいわけではない。よって角を曲がったのにも何か策があったわけではなく、言ってしまえば何となく、あてずっぽうだった。
 で、結果としてそれが非常によくなかった。
 喉の奥で呻き、体を急停止させる。左右は家。目の前にも家。それはもう絵に描いたような行き止まりだった。舌打ちして体を反転させると同時に女性たちが路地になだれ込んでくる。こちらに向けられた無数の白銀の刃。獲物を前にした狼が剥き出しにした犬歯のようだった。
 先ほどの印象通り間違いなく数が増えている。集団の後ろの方で揺れる松明の灯りを見ながら、俺は町を追われた異端者の昔話を思い出していた。ちなみにその物語、町の人間を怨んだ異端者はとうとう怪物になり町の住人を皆殺しにしてしまうという、救いもへったくれもない物語だったような気がする。
 はてさて、俺の物語は今宵いかなる結末を迎えるのか。できればハッピーエンドがいいんだが……そうもいかなそうだ。何をどうしたところで、俺だし。
 じりじりと近づいてくる女性達に対して腰を落とし、構える。いくら相手が女性とはいえこちらは素手、かつ一対……数えるのはやめておこう。気が滅入る。とにかく、かなり不利な状況にあるということだけはよく分かる。
 こういう場合、一人をちょっと酷い感じに痛めつけて他の人をびびらせる、なんて手を使うといいらしいのだが町の人相手にそんな事ができるわけもなく。それ以前に男として女性に拳を叩き込むなんてことはしちゃならんような気がする。
 そんな事を考えている間にもリード・ザ・シュークリームに対する包囲網は着々と狭められていく。いい加減ふざけている余裕もなくなったようだ。
 乾いた唇を舐めて軽く手を開く。何とか投げ技、それも相手に気を使った投げ技だけで切り抜けられればいいのだが。
 大きく息を吸い、吐き出した瞬間だった。女性達がこちらに向かって殺到する。一番前の一人に狙いを定めて俺は地面を蹴った。突き出されたナイフを避け、女性の手首をつかむべく手を伸ばす。
 が、唐突に目の前に舞い降りた何かによって進路をふさがれた俺は足を止めざるを得なかった。
 ──白、竿。
 そこまで認識した瞬間、竿が円を描いて風を切り、複数の刃物を空中に打ち上げる。口を半開きにした俺の前でその人物は短く息を吐き、ぴたりと静止した。
 気迫に押されたのか女性達がたじろぎ、僅かにあとずさる。
 俺の目の前に現れたのは白馬の王子様……ではなく、白衣の戦乙女だった。要するに、白エプロンに物干し竿を手にしたレイである。
 何でレイがここに。
 疑問を解く暇は与えてもらえなかった。長く伸ばされた黒髪が揺れ、再び複数の刃物が地面に落ちる音がする。義足とはいえ槍の名手であるレイと女性達とではやはり勝負にならないようだ。
「走るぞ」
「え?」
 こちらの手を握り、レイは俺を引きずるようにして走り出した。
 どん詰まりにある家に向かって。
 名も知らぬ誰かの家の扉の前で力を溜めるようにレイが腰を落とす。
「おい、ちょっ」
 俺の声、届かず。
 ……それは実に見事な横蹴りだった。名も知らぬ誰かの家の扉はあっさりと蹴破られ、ひん曲がり、飛ばされた鍵が床の上をてんてんと転がる。その先にはグラスを片手に呆然とこちらを見つめる男性が一人。傍らのテーブルには酒瓶が一本、所在なさげに佇んでいる。
 でも心配しなくていい。俺はもっと所在ないから。
「あの……」
「緊急事態だ。通らせてもらいたい」
 と言うや否やレイは俺の手を引いて家の中を歩き始める。はぁ、と気の抜けた返事をする男性に向かってぺこぺこと頭を下げながら、俺はレイに引きずられていった。
「うぅ、すいません。普段はこんな事する子じゃないんです。いい子なんです。やればできる子なんです」
「そうは言いますがね、お母さん」
「のるなっ!」
 シュークリーム様に向かって叫ぶ。機会があったら今度セシルに紹介してやろう。気が合うに違いない。
「何という不条理。自分からふっておいて」
「人生とは往々にしてままならないものさ」
「何をぶつぶつ言ってるんだ、君は」
 レイが俺の手をぐいっと引っ張る。最後にもう一度男性に頭を下げて、台所を通り、庭を通り、俺は勝手口から路地に連れ出された。
「行こう」
 短く言って、レイは俺の手を握ったまま走り出した。悪い魔法使いから助けられた囚われのお姫様みたいだが、レイのペースで走れるので俺が後ろの方がいいのだろう。
 つい今しがた通り抜けてきた家から男性の絶叫が聞こえた。どうやら踏み込まれたようだ。女性達の狙いは俺だけなので危害を加えられたりはしないと思うが、まぁ、お騒がせして申し訳ありませんということで。明日にでもお菓子の一つも持って頭を下げに行こう。
 一行にレイを加えた逃避行はなおも続く。本当に人生はままならない。


 町を走り抜けた俺たちは、気が付けば山にいた。山の中腹、枯葉の上に腰を降ろしレイが肩で大きく息をする。視線を移せば木々の間からさ迷うように揺れる松明の赤い光が見えた。灯りは一直線にこちらに向かってはいない。しばしの休息をとることはできそうだった。
 闇の中、山の空気は冷たかったがそれが火照った体には心地いい。汗がゆっくりとひいていく。俺は肺の空気を総入れ替えするように深呼吸してレイの方へ視線を戻した。
「ありがとう。助かったよ」
「いや、無事で何よりだ」
 レイは俺を見上げ、少し疲れた顔で微笑んだ。義足で山を登るのはやはり大変だったようだ。
「町の空気がおかしかったからな。様子を見に来て正解だった」
「ごめんな、巻き込んじまって」
 そう言う俺にレイは首を横に振ろうとして……止めてしまった。そのままの首の角度で何やら考え込むように固まり、やがてこちらを見上げる。
「本当に悪かったと思っているか?」
「え……あぁ、もちろん」
 あまりレイらしくない物言いに戸惑いつつも俺は肯いた。
「だったら、隣に座ってくれ」
「は?」
 反射的に聞き返してしまった俺にレイはなぜか怒ったような焦ったような顔をして、自分の脇の地面をぱしぱしと叩いた。
「い……命の恩人の頼みだぞ」
 そう言われてしまえば断るわけにもいかない。じゃあ、と前置きしてレイの隣に腰を下ろす。尻の下で落ち葉が乾いた音を立てた。かさかさと。
 肩に柔らかな重さがかかる。手の甲を撫でるさらりとした黒髪に、俺はつい喉を鳴らしてしまった。
「いや、あの」
「支えが欲しかった」
 目を閉じたレイはそう言ってゆっくりと呼吸を整えていく。大きかった肩の動きは次第に小さくなり、やがて呼吸音も寝息のように穏やかなものになる。そんなレイの顔を見ながら俺は、やっぱり綺麗だよな、と今さらのように考えていた。こうして自分が隣に座っていることさえ悪いことのように思えてくる。
 俺は小さく息を吐いて木々の間から見える空を見上げた。葉のカーテンを透過して降る月明かりを時折小さな羽虫が横切っていく。周囲に人の気配や声はない。
 ふと思い当たり、俺はレイに訊いた。
「何ともないのか。その……俺を見て」
「ん、あぁ。私は酒飲みだからな。甘いものは苦手なんだ」
 こちらを見てレイが浮かべた微笑に頬が熱くなる。が、同時に俺は妙な違和感を覚えてもいた。ちょっとした引っ掛かりなのだがそれが分からない。何かがおかしいような、そうでないような。
「なぁ、リード」
 レイの声が思考を断ち切る。
「私は、君に出会えて本当によかったと思っている」
「何だよ唐突に」
 レイは確かめるように小さく、うん、と肯いて口を開いた。
「君はただ復讐だけを思い生きていた私の前に灯りを一つ、灯してくれた。まだ全ての闇が払われたわけではないけれど、私の周りは大分明るくなった。そして暖かくも」
 俺はただ黙ってレイの言葉を聞いていた。不意なこともあってどんな顔をすればいいのか分からなかったのだ。注視した落ち葉の上をダンゴ虫が一匹歩いていた。
「君がいなければ今頃私は死んでいるか、取り返しの付かないことをしていたと思う」
「そうでもないさ。俺なんかよりもっといい人と出会ってたよ。いい人の周りにはいい人が集まる。そういうもんさ。爺ちゃんの受け売りだけど」
 言って拾い上げた落ち葉を指でくるくると弄ぶ。
「私は……君のそういうところが、その、す」
 レイの声が途切れる。眉根を寄せた俺の顔を見つめ慌てた様子で言葉を継いだレイは、
「……凄いと思う」
 と言ったあとでものすごく不本意そうな顔をした。自分の台詞に納得いかない、といったような。何なのだろう、一体。
「うん。ありがと」
 とりあえず礼を述べて手にしていた枯葉を地面に放る。よく分からないが褒められていることだけは確からしい。
「だからだな、その、私は君に伝えたいことがあって」
「うん」
「どうすれば伝えられるのか、困っている。というか君が困らせている。加えて言うなら、もう伝わっていなければおかしいような気さえする」
「いや、俺に落ち度があるなら謝るけど、とりあえず口で伝えてもらわないと」
 言語ってのは人類最高の発明なんだし……と台詞を継ごうとしたところでレイに顔をまじまじと見つめられ、何も言えなくなってしまう。
「口で……か?」
「あ、あぁ、口でだけど」
「意外と大胆なんだな」
「いや、何が」
 そんな俺の声など耳に入っていないような素振りで額の汗を拭い、それからなぜかレイは拳を握った。続けてその拳を自分の胸の上に置き、大きく深呼吸する。最後に決意でも固めるように大きく肯いて儀式は終了したらしい。
「リード、目を閉じてくれ」
「何で」
「い、命の恩人の」
 それを言われると断れない。意味はよく分からなかったが、とにかく俺は目を閉じて沈黙した。当然のことながら視界は闇に包まれ、何も見えなくなる。光のない世界の中で葉のこすれる僅かな音とレイの気配だけが感じられた。
 一秒が過ぎ、二秒が過ぎ、三秒が過ぎ、変化は何もない。
 四秒が過ぎ、五秒が過ぎ、六秒が過ぎ……吐息?
 驚きに跳び退り、目を見開いた俺が見たものはなぜか身を乗り出し、顔を突き出したレイの姿だった。彼女は俺と目が合うと、あ、と僅かに口を開きそれから……それからその姿勢のまま動かなくなってしまう。
「まさか……」
 自分の口元に手をやり、呟く。レイは開いていた口を閉じ観念したように小さく肯いた。
「君も」
 吹き抜けた風が木々を揺らす。レイが目を伏せる。
「君も俺を喰うつもりだったのかっ!」
 背後で飛び立つ鳥の羽音がした。
 一瞬の沈黙の後、なぜかレイはその場にがっくりと崩れ落ちた。目に見えぬ重石が背中に乗っていると言わんばかりに。
「あれ。違った?」
「う、うう」
 怨嗟のこもった呻き声。
「だから……」
 ゆっくりと顔を上げるレイの声は怖いくらいに震えていた。
「だから君はダメなんだっ!」
「い、いや、そう言われましても」
「オジギソウだって触れればちゃんと葉を閉じるじゃないか! 君は人間なのだろ! 植物よりは高等な生物だよな!」
「え、あ、その……多分」
 妙な迫力に押され、つい後ずさってしまう。
「気力が萎えそうだ。ある意味復讐よりつらい」
「悩み事なら相談にのるけど」
 善意で言ったつもりだったのに、なぜか凄い目で睨まれてしまった。これが善意の押し付けは時として人を傷つけるということなのだろうか。
「いいか。一度しか言えない。よく聞いてくれ」
 無言のまま肯いて応える。
「私は君が……」
「いたわよ!」
 レイの台詞を遮ってした声に俺は反射的に立ち上がった。気が付けば周囲は十を超える松明の火によって囲まれていた。闇に沈んでいた木々が赤く浮かび上がり、無数の影が躍りでもするように揺れだす。
 俺は小さく舌打ちしてレイの腕をとり、立たせた。完全に囲まれている。気を抜きすぎたか。警戒を解くべきではなかった。
「走れるか?」
 脇にいるレイに問う。だが彼女は気の抜けたというか疲れきった表情でこう言った。
「残念だがもう終わりなんだ」
「何を! 諦めなきゃ何も終わったりしない!」
「いや、そうじゃなくてだな」
 とそこまでレイが言った瞬間だった。ひゅっ、という風切り音。胸に軽い衝撃。
「え……?」
 気が付けば、自分の胸には一本の矢が深々と刺さっていた。痛みはない。ただ全身から力が抜け、俺はゆっくりと崩れ落ちていく。顔が地面に到達する寸前、左肩から「時間切れー」という陽気な声が聞こえたような気がした。
 そして世界が暗転する。


 暗転して、明転する。
 うっすらと目を開いた俺の眼前には落ち葉の積もった地面ではなく文字の羅列があった。それが本だと気付くまでに三秒。三度瞬きを繰り返した俺はゆっくりと体を持ち上げた。
 そこはいつもと変わらぬ我が家の食堂だった。目をこすって首をひねる。どうやら本を枕に眠ってしまったらしい。
 夢?
 乾いた唇を舐めた俺はふと左肩に目をやった。当然そこにはシュークリーム様などというものはおらず、いつもの、俺の左肩があるだけだった。
 数秒の沈黙ののち俺は吹き出してしまった。我ながら幼稚な夢を見てしまったものだ。子供のお伽噺かよ、ほんとに。夢占いをしてもらったらどんな結果が出るのだろうか。その点は楽しみではあるが。
 そんなわけで一人けたけた笑っているとシュークリームが大盛りにされた大皿を抱えたクレアが台所から出てきた。その後ろにはエプロンを畳みながらレイが続いている。
「またやらしいこと考えてるの?」
 呆れた調子で言いながらクレアが大皿をテーブルに置く。
「……俺の笑顔は全てエロ妄想が原因か」
「だって九割そうじゃない」
「そこを何とか八割に」
「そういう数字の問題ではないような気がするのだが」
 畳んだエプロンを椅子の背もたれにかけ、レイがテーブルに着く。クレアとレイの様子もいつも変わりない。
「で、何か楽しいことでもあったのか?」
「それがさぁ」
 と、自分の見た夢の内容を話そうとして、俺は思いとどまった。シュークリームの精霊が出てきて……なんてことを話せば馬鹿にされるに決まっている。二十五歳にもなって何てメルヘンな夢をみてるんだ、と。
「……やめとく。自分の胸だけにしまっておきたい」
 言って立ち上がり、俺は台所に向かった。シュークリームに続いては俺が晩飯を作る番だ。腹もかなり空いている。手早くやってしまおう。
「人に言えないくらいやらしい想像なのかな」
「そっとしておいてやれ。それが優しさだ」
 食堂から聞こえてくるそんな会話にくじけそうになりながら、俺は愛用のフライパンを手にした。
 
 そして日付も変わった深夜。変な時間に仮眠をとってしまったせいか眠れなくなってしまった俺は食堂にいた。水差しからグラスに水を注ぎ、あおる。息を吐いて俺はテーブルの上に残されたままのシュークリームを一つ手にした。食事のあと三人で食べるには、いや、実際は二人か。レイは甘いものは苦手だといって食べなかったし。とにかく二人で食べるには多すぎたのだ。もうしばらくおやつはシュークリーム限定ということになりそうだ。
 食堂を抜けて廊下に戻る。廊下を歩きながら思い出す。
 しかし妙にリアルな夢だったよな。音とか匂いとか感覚とか、今でもはっきり思い出せる。もちろんシュークリーム様の声も、つかんだ感触も。
 妄想、もとい、想像力が豊か過ぎるのかね、俺。多分、しばらく忘れることのない夢になるだろう。
 そんなことを考えながら廊下を歩いていると不意に扉が開き、中からローブ姿のレイが出てきた。僅かに覗く胸元につい目がいってしまうのが男の悲しい性である。
「眠れない?」
「胸ではなく顔を見て喋ってくれると嬉しいのだが」
 妙な沈黙。
 やがてレイは大きな大きなため息を一つついた。
「ほんとに、君という男は」
「面目ない」
 苦笑しつつ詫びる。呆れ顔をしていたレイも釣られて「しょうがないなぁ」といった風に笑ってくれた。
「考え事をしていた」
「テーマは?」
 問う俺にレイはしばし押し黙り、やがてこう言った。
「思いを伝えることの難しさ、だな」
「え?」
 反射的に目を大きくしてしまう。レイは俺の手の中にあるシュークリームに僅かな間だけ視線を落とし、微笑んだ。
「おやすみリード。いい夢を」
 そう言ってレイは廊下を食堂の方へ歩いていってしまった。振り返り、レイの背中を見つめる。
 いい夢を……か。
 何とはなしに口に入れたシュークリームは当たり前のように甘い、カスタードクリームの味がした。

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