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妹と弟とシグ・ザウエルP226 2nd
─拳をどうぞ、お嬢さま─

ライン

プロローグ

 L & M Security
 本社を英国、ロンドンに置く警備会社。警備員やボディガードの育成、派遣を行っている企業であるがそれは表の顔。裏ではマネージャーと呼ばれる人間を用いて超法規的な厄介処理業を営んでいる。超法規的とはどういうことか。ヒントを出すならば、俺はマネージャーである。二十五歳、一般的体格の日本人である。警察官ではない。自衛官でもない。でも銃(愛用のシグ・ザウエルP226)は持っている。その辺りから推して知るべしってもらいたい。俺が所属しているのは要するに、まぁ、そういう会社だ。別に企業の名を借りた道を極める系の組織ではないのだが……っと、会社の創設者は英国の道を極める系の人なので当たらずとも遠からずなのかもしれないが。
 とにかく、一部では米軍より性質が悪いと噂されるそんな会社の社員なのだ、俺は。で、場所はそんな会社のビルの二十五階、第八課。広い窓からは柔らかい春の陽光が注ぎ、立ち並ぶビルとその間を縫うように這う高速道路を見下ろすことができる。表向きには一般企業にしか見えないオフィスに置かれたマイデスクの前。俺は積み上げられた書類と死力を尽くして闘ったり……するのは嫌なので全力で逃げていた。
 幼い妹と弟に絵本を読んでやるという超高度な、かの名参謀秋山真之でさえ銘菓ひよこか白い恋人を持参して教えを請いにくるであろうと思われる超高度な戦術をもって逃げていた。
「だが気をつけなければいけないよ。魔法は十二時になったら解けてしまうからね」
 シンデレラに魔法をかけたおばあさんの台詞を情感たっぷりに読み上げ、ページをめくる。幸いオフィスには誰もおらず、俺たち兄弟妹(きょうだい)を咎める者はいない。そりゃそうだろう。今日は日曜日なんだから。嬉し恥ずかし日曜出勤。こうしてオフィスの床に座り込み、愛すべき妹と弟に絵本でも読んでやらないと正直やってられない気分なのである。
 二人は俺に左右からぴったりと寄り添い、じっと絵本を覗き込んでいる。そんな二人の様子に俺はしみじみと幸せを感じるのだ。俺が二十歳の時に生まれた双子の妹と弟。歳は五歳で妹の方が優菜、弟の方が優希だ。もちろん俺と血のつながった実の妹と弟で、まぁ、なんだ、両親が年甲斐もなく頑張った結果と言えよう。もっとも、その両親も目下行方不明中であり、俺が優菜と優希を会社に連れて来ているのもそういう理由からなのだが。
 元々俺はこんな業界とは縁もゆかりもない保険業界にいた。が、優菜と優希が一歳になったころ突如両親が行方不明になってしまったのだ。この業界に頭の先まで浸かっていた親父とその妻である母。そのせいで俺自身世界中を引っ張りまわされたし、心のどこかで覚悟だけはしていた。
 だが優菜と優希にとってはそうではない。あくまでも普通のお父さんお母さんなのだ。俺がこの業界に足を踏み入れるまでそれほど時間はかからなかった。同じ業界にいた方が情報をつかみやすいのではないかと思ったからだ。幸いにも(?)銃の扱い方だけは親父に叩き込まれていたし、その点で不自由することはなかった。目的は優菜と優希の小学校の入学式に両親を引っ張り出すこと。それ以外に何もない。
 両腕に感じる柔らかな重み。決して失ってはならない。決して悲しませてはならない。だから、俺は人を撃つことさえ躊躇わない。
 自然と唇が引き結ばれ、絵本を持つ手に力が入る。
「どうしたの?」
 と、固まっていたら優菜にワイシャツの袖を引っ張られた。こちらを見上げるくりくりとした優菜の瞳に向かって「なんでもない」と笑いかけ、再び絵本を読み出す。男の子にシンデレラは退屈なのか横目でみやった優希は天井を見上げてゆらゆらと揺れていた。集中力が切れてしまったらしい。
 んー、休憩室にジュースでも飲みに行くかぁ、と王子様の台詞を読みながら考えていると不意に背後から肩を叩かれた。
 反射的に左右の優菜と優希を隠すように抱き寄せた俺の背後、頭上からあきれた様なため息が降ってくる。
「真面目に仕事に取り組む部下の姿に涙を禁じえんよ」
「いやー、俺も素敵な上司をもてて幸せです」
 苦笑しつつ振り向くとそこにはL & M Security日本支社長が立っていた。少しでっぱったおなかに薄くなり始めた髪の毛。間近で見ても遠くから見ても社長は普通の中年サラリーマンにしか見えない。だが社長が現役のマネージャーであった頃、右に出るものは誰一人いなかったそうだ。俺にまったく気配を悟らせず背後に立ったことからもその片鱗は窺がえる。
「リストラですか?」
 床から社長を見上げ、冗談めかして言う俺に社長はわざとらしく肩をすくめて見せた。
「人材不足でなきゃもっと愛社精神溢れる若者を採用するんだがな」
「文句も言わず日曜出勤までこなす愛社精神溢れる若者じゃないですか」
「それはありがたい。が、絵本を読んでも手当てはつかんぞウチは」
「そうでしたっけ?」
 あははは、とバツ悪く笑う俺をしばし見つめ、社長は再びため息をついた。
「ま、デスクワークから解放してやろうと思ってな」
 その一言が俺の中心に、一本の硬い棒をすっと通す。少しだけ長い瞬きをした俺は絵本を閉じて立ち上がった。
「詳細は社長室で話す」
 踵を返した社長の後を追うべく椅子の背もたれに掛けてあったスーツを手にする。と同時に袖を引っ張られる感触が。視線を落とせばなんかもう、どうしようもない表情で優菜が俺を見上げていた。
 遠ざかっていく社長の背中を見やり、優菜を見つめる。もう一度社長を見やり、優菜を見下ろす。社長……優菜。社長……優菜。社長優菜。社長優菜。社長優菜。
 ……社長<優菜。
「社長」
「何だ」
 肩越しに振り向いた社長に向かって手にしている絵本を軽く持ち上げてみせる。
「シンデレラ、一緒にどうですか。これからいい所なんですけど」
 社長の三度目のため息は、これまでで一番の心底呆れ色だった。まぁ、俺の中心に通った硬い棒など優菜と優希の前では飴細工に等しいと、そういうことだ。

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