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武器屋リードの営業日誌 番外編 その3
武器屋リードの休業日
─リード、先生っぽいものになる─

ライン

 週に一度の休業日。その昼下がり、俺は自室のベッドに寝転がって本を読んでいた。手に入れるのに三ヶ月もかかった、刀剣の歴史に関する本だ。最初、机の上でメモを取りながら読んでいたのだが次々とページをめくっていく手の動きに勝てず、とりあえず一度読んでしまおうということになった。
 誰にも邪魔されず、自分が必要だと思う知識を自分が必要だと思う時に自分が必要なだけ取り入れる。やはり学習とはこうでなきゃいけない。もっとも、こうして好きなときに学習できるのは子供の頃無理矢理文字というものを頭に叩き込まれたからでもあるのだが。ま、とにかく今の俺は非常に幸せであると、そういうことだ。
 俺は手を伸ばし、サイドテーブルの上に置いてある木のボウルから炒った豆をつまみ上げた。塩とバターで軽く味付けしてある。読書には最良の友だ。
 と、奥歯で噛み砕いた豆の音が鼓膜の内側に響いた時だった。不意に庭の方から声が聞こえてくる。俺はページをめくる手を止め、口も止めて耳に意識を集めた。その聞き覚えのある声は間違いなく俺の名を呼んでいる。それも何度も、何度も。声の主とその調子からして厄介ごとを持ち込んで来たのはほぼ間違いない。俺はできるだけ音を立てないように本に栞をはさみ、静かにサイドテーブルに置くと、無音で頭から毛布をかぶって息を殺した。
 リード、と名を呼ぶ声がさらに大きくなる。が、声の大きさから考えて俺の日常を踏み躙ろうとする破壊者の足は庭で止まっているようだ。
 さすがの奴も「よそ様の家」という一線は越えられまい。
 と思っているとあっさり廊下のきしむ音が聞こえ出した。
 俺の心の中に住んでいる将軍(三十八歳)の前に背中に数本の矢が刺さった伝令兵がひざまずく。
「報告! 敵は第一陣を突破。負傷者多数。陣の立て直しは不可能!」
「やりおる……」
 苦々しく口元を歪める俺……の中に住んでいる将軍。しかしまだ第二陣、第三陣がある。
 が、どばんっ! と開く自室の扉。どうやら第二陣も突破されたようだ。
「ほ、報告します……。第二陣も壊滅。奴は……人、人を……喰」
 そこで報告は途切れ、傷だらけの伝令兵は血を吐いて事切れた。
「化け物がぁっ!」
 激昂し、将軍が立ち上がる。その拳は微かに震えていた。怒りにか。それとも未知なるものに対する恐怖にか。熱い頬を流れる汗は自らも驚くほど冷たかった。

──その頃戦場では。

「俺は……もう駄目だ」
「馬鹿野郎、諦めるな! 故郷でかみさんと子供が待ってんだろうが!」
「最後に、もう一度だけ抱き締めたかった。無事故郷に帰れたら息子に伝えてくれ。父は……最期まで勇敢に、戦った……と」
 沈黙と、そして慟哭。
「主よ、これが運命だと言うのか! あなたへの祈りを一日として欠かしたことはなかった! あなたを一度たりとも疑ったりしなかった! その……その答えがこれだというのか!」
 小雨降る戦場。屍と血の大地。全てを拒絶するかのような鉛色の空に青年の声は吸い込まれ、消えた。

──再び本陣。

「全ての兵力を第三陣に結集させろ! 我々は負けるわけにはいかんのだ!」
 将軍の命に応え、かぶっている毛布を全力で握り締める俺。
 正念場だ。もう後がない。
 
 が、顔面に本の角を落とされるという非人道的な攻撃に毛布という名の第三陣もあっさり壊滅した。二冊までは耐えたのだが、三冊目がもろに鼻に入った。
 目に涙を滲ませて鼻を押さえる俺の前に、三つの陣を突破した化け物が姿を現す。
「恐怖という感情を絵で描くならば、まさにこの姿になるに違いない。竜でさえ涙を流し許しを請うであろうその姿に、人はなすすべもなく立ち尽くすだろう。あぁ、奴が人を喰らう音が聞こえる。奴が撒き散らす死臭が鼻に触れる。私の記録もこれまでのようだ。奴が来る。奴が……触手……げふっ」
 四冊目は喉にヒットした。
「リード・アークライト。ついに精神に異常をきたす」
 咳き込む俺を尻目に修道服をまとった侵入者、セシル・アイフォードが淡々と言う。
「うるせぇ。ていうか勝手に他人の家に入ってんじゃねーよ」
 上半身を起こし、喉をさすりながらセシルを睨む。黙って立っていれば非常に清楚かつ敬虔な修道女に見えないこともないのだが、実際はこれだ。綺麗なダークブルーの髪と瞳も神様の大いなる無駄遣いに思えてならない。
「何言ってるの。こうして町の人たちの様子を見て回るのも私たちの役目なのよ。一人暮らしのお年寄りとか、あなたみたいに修道院のダメ人間リストに載ってる人なんかは特に注意しないと」
 腰に手を当て、得意げに人差し指を立てるセシルを俺は半眼で見つめた。と、セシルが、ぽん、と手を打つ。
「あ、ダメ人間リストっていうのは俗称だから。正式には社会生活不適合者リストっていう立派な名前がついてるから安心して」
「できるかっ!」
 笑顔で言うセシルに向かって叫び、俺は大きなため息をついた。ったく、相変わらず言動に信用が置けない奴だ。そんなリストあってたまるか。異端者リストくらいなら分からないでもないけど。
「で、何しに来たんだ?」
 ベッドに腰かけてセシルを見上げる。まさか本当に様子を見に来たわけではないだろう。セシルは胸の前で指を組むと、こちらの顔を覗き込むように体を傾けた。香水などつけていないだろうに不思議といい香りがする。
「あなた、読み書きできたわよね」
「まぁ、商売人だし。古代文法は苦手だけど」
 俺の答えに曲げていた腰を伸ばし、セシルが満足げに肯く。
「少しだけ先生やってみない?」
「断る」
 即答し、俺は毛布をかぶって自分の世界に閉じこもった。冗談じゃない。今日という日に限り俺の世界はベッドの上と本の中に限定されている。何が悲しくて大海原に漕ぎ出さねばならんのだ。
 そうか。侵略か。俺がいなくなった隙にこの楽園を侵略するつもりか。ならばこちらも将軍(三十八歳)を……と徹底抗戦の準備を心の中でしていると大きな大きなため息が毛布越しに聞こえてきた。
「あなた、先週の安息日も礼拝に来なかったでしょ」
 その、いかにも母親がダメな子にかけるような声に俺は毛布から半分だけ顔を出してセシルを見上げた。
「だって俺、神様信じてないし」
 万物に宿る精霊の存在は何となく信じてるけど。
「修道女に向かってそういうこと言うのもどうかと思うけど、まぁここだけの話にしておいてあげる。でも、それが押し通せない事が分からないほど子供じゃないでしょ、あなたは」
 うーん、何か本当に説教されてる気分になってきた。再びベッドの上で上半身を起こし、首筋を掻く。こちらを見つめるセシルの目はいつになく真剣だった。普段なら文句を言いつつも流してくれるのだが。
「で?」
「そろそろ奉仕活動の一つもしてもらわないと本気であなたの名前を修道院のリストに載せなきゃならないのよ」
「確かに、それは困るなぁ」
 と顎に手をやり、天井を見上げる。ざらついた感触。休みの日は髭を剃らないことにしていた。それはさておき小さな町だ。異端者の烙印を押されて共同体から弾き出されてしまえば生きていけない。セシルの言う通りそれが理解できないほど俺は子供ではなかった。多分。
「神様を信じてる振りくらいはしろ、と」
 セシルを見ながら俺は意地の悪い笑みを浮かべた。
「そうね、と私に言えと?」
 セシルが自分の胸に手を置く。
 しばし押し黙り、
「言えないわな」
 俺は、今度は普通に笑った。どうやら今回ばかりはのらりくらりとかわして逃げるわけにもいかなそうだ。写本室の利用率を考えるに、かなりの額を修道院に納めているのだがそれを言っても仕方がない。俺という人間の旗を見せることが大切なのだろう。
 ブーツを履き、俺は腰を上げた。椅子の背もたれにかけてあった上着を手に取り、袖に腕を通す。わけあって一緒に住んでいる従妹のクレアには書置きを残すことにした。ペンを手に取り、机の上で羊皮紙に書き記す。
『この手紙を読んでいるということは、恐らく俺はこの世にいないのだろう。だが悲しむこ』
 まで書いたところでセシルが言った。
「長くなりそう? それ」
「うむ。百枚の大長編だ」
 言った瞬間セシルにペンを奪われた。彼女は俺の文章の上に線を引いて消すと、
「だめねー、言葉は量より質よ」
 と何やら羊皮紙に書き付ける。
『お兄ちゃん 帰ってきたら 真人間』
 最後に自分のサインを入れ、満足げに肯くセシル。
「じゃ、行きましょ」
「なぜお前がそこまで屈託なく笑えるのか。知りたいから一度頭割らせろ」
 俺の提案を当然のように無視し、セシルが部屋を出て行く。俺にできたのは読みかけの本にさよならを言う事くらいだった。


 修道院に到着した俺はとりあえず礼拝堂で礼拝を終え、それから写本室の前に立たされた。セシルの話によれば修道院では毎週安息日に読み書きや算術を教える教室を開いており、その先生役をやって欲しいということだった。普段はちゃんと先生がいるのだが急病で来れなくなったらしい。別にセシルが先生をやればいいような気もするのだが、そこはさっき言われたようにリード・アークライトという不信心者が主に奉仕するための場を与えるのが目的であるため、そういうわけにもいかない。まぁ、引き受けた以上やるしかあるまい。読み書きは普段クレアに教えてるしそれと同じ感じでやれば問題ないだろう。
 と、思いつつも正直少しばかり緊張していた。セシルから渡された教本をぱらぱらとめくり大きく息を吐く。乾いた唇を舐め、咳払いを一つ。人と話すことが苦手なわけではないが複数の人間を相手に喋った経験はそれほどない。
「いきなり『帰れ』コールとかされたらどうしよう」
「あなた、変な所で気が弱いのね」
 セシルが呆れ顔で言う。いや、こいつは子供の怖さを分かってない。
「奴等はな、必要もないのに蟻の巣に水を注いだりできるような生き物なんだぞ」
 扉に手を置き、震える俺。
「この扉の向こうにいるのは間違いなく悪魔だ」
「そんな、まさか」
 苦笑するセシルに俺は目を見開き、驚愕した。
「子供の頃やらなかったか? そういうの」
「それは……あなたが歪んでただけでしょうに」
 いや、おかしい。俺が子供の頃、周りはそんな奴ばかりだった。ということは非常に論理学的な思考を経て直感で導き出される結論によると、歪んでいるのはセシルということになる。
「気の毒にな」
「二秒程度の思考でひとを哀れむのはやめてくれる?」
 セシルが何事か言っているがすでに決着がついている。それはもうどうでもいい案件なのだ。セシルは歪んでいる。
 とにかく俺は覚悟を決めて写本室へと続く扉を開いた。
 その瞬間、俺を包んだのは嵐のような……嵐のような「静寂」だった。写本室には誰一人おらず、整然と並べられた本棚だけが直立不動で俺を迎えてくれた。ただ、閲覧台に置かれた五冊の教本と引かれた状態の椅子を見るに、誰かがいたことは間違いないようである。とりあえず本棚の間を歩いてみたがかくれんぼをしてるわけでもないみたいだ。
 手にしていた教本を閲覧台に置き、俺はふむと肯いた。
「簡単な推理だよ、セシル君」
「誰なのよ、あなたは……」
 胸の下で腕を組み、半眼でこちらを見つめるセシルに対し、俺は結論を述べた。
「授業中止。解散っ!」
 言った瞬間、超高速で飛来した何かが俺の額を撃ち抜いた。頭蓋を通して脳に伝わった衝撃にうずくまる俺。
「バカ言ってないで探すわよ」
 痛みにちょっと本気で泣く俺に向かってセシルは当然のように言う。ちなみに床には茶色いドングリが一つ転がっていたが、やはりそれに関しての説明は一切なかった。

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