×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

武器屋リードの営業日誌 番外編

武器屋リードの休業日
─シュークリームにまつわるあれこれ─

ライン

 ある日の昼下がり、俺は食堂でクレアと向かい合わせに座っていた。二人の間にはお皿に乗ったシュークリームが一つ。風の丘亭謹製のこのシュークリーム、言うまでもないことだが非常にうまい。アップルパイの次に俺が好んで食している代物だった。一方のクレアもこのシュークリームを非常に気に入っている。一つが子供のお小遣いでも買える値段なので、友達と遊ぶときはよく買い食いするらしい。
 さて、なぜ俺たちがこうしてシュークリームを挟んで天気のいい休みの日(そう、今日は絶好の行楽、もしくは昼寝日和だ)に黙り込んでいるかというと、余ってしまったのだ、一つだけ。
 このシュークリーム、実を言うともらい物だった。自分で買ってきたのなら余るような買い方はしない。ちゃんと偶数個買ってくる。が、不幸にももらったのが五個だったためこんな状況になってしまったというわけだ。
「選択肢は三つある」
 俺は静かに切り出した。
「俺が食べるかお前が食べるか半分に分けるか、だ」
 食卓に肘をつき、組んだ指の上に顎を乗せる。そんな俺を見上げ、なぜかクレアは憂いに満ちた笑みを浮かべた。
「わたしたちの間に引き分けなんて言葉はなかったはずよ、お兄ちゃん。悲しいけどこれが運命」
 俺はしばし沈黙し、
「そういや最近冒険ものを読んでたよな、お前」
「うん。すっごく面白いの」
 にぱっと笑うクレア。
「そうか」
 言って耳をかく。意味は無い。
「じゃあ引き分けはないってことでどちらかが食べることになるわけだが」
 と、俺の言葉を遮るようにクレアが人差し指を立ててこちらに突き出した。
「お兄ちゃんってば遅れてる。最近じゃ気分次第で一つのものが二つになるんだよ」
「いや、お前の発言を吟味するに俺が遅れてるんじゃなくてお前がぶっちぎりで先を歩いてるような気がするんだが」
「いいからこれ見てて」
 言ってクレアは立てた人差し指を左右に素早く振り始めた。
「ね、こうすれば二本でしょ」
「まぁな」
 残像って奴だ。
「で、ここからが大切なの。この動きをさらに早くすることでえーっと、なんだっけ? ま、いっか。とにかく本物になるんだって」
 クレアの目はどこまでもまっすぐだった。人は怪しい宗教にはまるとこんな目をするという。
「どこで仕入れた情報だ、それ」
「んー、『実践、初めての錬金術』って本に書いてあったの」
 錬金術はそんないかがわしい学問じゃねぇ。
「捨てなさい、そんな本」
「えー。一生懸命読んだのに。でもせっかくだから実験実験」
 節をつけて歌いながらクレアがシュークリームを手にした。
 おい、まさか。
 案の定シュークリームを思いっきり振るクレア。ぎゅっと目を閉じ、本気で手を左右に振っている。
 やめなさい。そう言おうとしたときだった。
 クレアの手から放たれたシュークリームが高速で宙を飛び、食堂の壁にぶち当たった。
 一瞬の静寂。壁にカスタードクリームの跡を引き、床に「てん」と落ちるシュークリーム。
 俺の顔を見上げたクレアは黙って席を立つとシュークリーム……だったものを拾って戻ってきた。それをやはり無言のまま皿に戻し、えへ、と笑う。
「わたしはいいからお兄ちゃん、食べて」
「食えるかっ!」
 叫ぶ俺にクレアは何やら小難しそうな顔をして言った。
「こういう犠牲の上にわたしたちの今があるんだね」
「違います」
 腕を組んで言い切る俺。
 ったく、一個が二個どころかゼロじゃないか。やれやれ、か。
 まぁ、これが童話なら「やっぱり分け合うことが大切なんだね」と読者の子供が言ってめでたしめでたしなのだが、あいにく俺は童話の主人公ではない。シュークリームを買うお金と時間はあったりするんだな、これが。
 俺は天井を見上げて呟いた。
「行くか、風の丘亭。どうせ暇だし」

 大通りから一本奥に入った、繁華街の喧騒が風に乗って流れてくるようなそんな場所。俺が贔屓にしている「風の丘亭」は来るべき夜の騒乱に備えるかのように静かに佇んでいた。昼食時でもない夕食時でもない中途半端な時刻。そのせいか客はあまり多くなさそうだ。
 扉を開けて中に入れば多くなさそうどころか客は一人もいなかった。
 ドアにつけられた小さなカウベルがからんころんと鳴る。
 中に入ると熊の様な体格をしたマスターが岩盤のような手を上げて、よう、と迎えてくれた。あの手があの繊細なシュークリームを焼き上げるんだから、何かが間違っているような気がする。
 そんなこの町の七間違いの一つに向かって俺も、こんちはー、と手を上げた。
「どうした、こんな時間に」
 マスターの巨躯から発せられる声は低く太い。辺りの椅子やテーブルがかすかに揺れた気さえする。
「シュークリーム買いに来たの」
 クレアの言葉にマスターの方眉が上がる。
「お前ら運がいいぞ。ちょうど今焼き上がるところだ」
 そういえば先ほどから店内には甘く香ばしい香りが漂っている。焼きたてのシュークリームってのも悪くない。
「お茶淹れてやるから少し待ってろ」
 言われて俺とクレアはカウンター席につく。静かな店内に用意されるティーカップの触れ合う音。マスターの手にあるティーカップは笑えるくらい小さく見えた。
 やがてカウンターには二つのカップが並び、そこにポットからマスターがお茶を注いでいく。湯気と共に立ち上るさわやかな香りを胸に吸い込み、俺は長く息を吐き出した。全身の緊張がほどけていくような感じがする。
「おいしい」
 お茶を口にしたクレアが開口一番感嘆の声をあげる。俺の方もまったく同感だった。
「こいつの味が分かるとはなかなか通だな、お嬢さん」
 冗談めかして言うマスターにカップを両手で包み込んだクレアがにへへと笑う。
 マスターは満足げに肯くと自分のカップにもお茶を注ぎ、口にした。それから何かを考えるような間をおいてやおらこんな事を言う。
「なぁ、リード。まだ結婚する気はないのか?」
「はぁ?」
 吹き出しそうになったお茶をなんとかこらえ、俺は一オクターブ高い声をあげた。
「何を唐突に」
「いやな、お前もそろそろいい歳だし身を固めてもいいんじゃないかと思ってな」
「俺はまだいいって。第一、相手はどうするんだよ」
「お前だってその気になれば嫁さんの一人や二人見つけられるだろ」
「無理だって。俺の二つ名言ってみ?」
「独り身のリード」
 な、とマスターに向かって口元を苦く緩めてみせる。
「だがそれは『振り』だ」
 俺はカップに口をつけたまま上目遣いにマスターを見つめた。
「ウチのニーナなんかどうだ? お前のこと悪くは思ってないぞ」
 マスターの一人娘で風の丘亭の看板娘であるニーナ。その少女の顔を思い浮かべながら俺は笑った。
「一人娘だろ。嫁にやったら誰がここを継ぐんだよ。俺は武器屋だ。シュークリームは焼けない」
「俺は店には執着してないからな。あいつがちゃんとした男の所に嫁にさえ行けばそれでいい」
「風の丘亭愛好者の一人として丁重にお断りするよ。その、ニーナはすごくいい子だとは思うけど」
「残念だ。お前が貰ってくれれば親としての仕事は一段落だったんだがな」
 腰に手を当てたマスターがため息をつく。まぁでもニーナならそれこそ婿の一人や二人簡単に見つかるだろう。
「悪い。でも、今はこいつもいるし身を固めるのはもう少し後でも、な」
 言いながらクレアを見る俺。クレアは俺を見上げ、黙ってお茶をすすった。どんな表情をすればいいのか分からない、というような表情をしている。
「あいつはまだ何も言わないのか」
「あぁ、今年の開店記念日には拷問してでも聞き出すつもりさ」
 あいつ、とは旅に出ている不良中年こと俺の親父だ。実を言うと俺は自分がクレアを預かっている理由をよく知らない。よく知らない、というか全く知らない。クレアはある日突然俺の所にやって来たのだ。
 そのことについて親父が理由を知っているらしいのだが、なぜかあの大馬鹿野郎は話そうとしない。開店記念日に帰ってくる度聞き出そうとするのだがいつもいいようにはぐらかされてしまう。
 俺が知っているのはクレアが叔父さん夫婦の娘であるということだけだ。
「ま、あいつは何も考えてないようで意外としっかりしてるから心配することもないさ」
「だといいけど」
 俺はマスターに向かってわざとらしく肩をすくめて見せた。
 ふと辺りに沈黙が落ちる。
「かまどを見てくる」
 組んでいた腕をほどき、マスターは厨房へ歩いて行った。それにしても硬い足音だ。巨大なマスターの背中を見ながら、あれはおとぎ話に出てくるゴーレムが人の皮をかぶっているに違いない、とか思ってみる。
 と、不意にクレアが口を開いた。
「お兄ちゃん。わたし、じゃまなの?」
 うつむき、カップを見つめるクレアはひどく不安そうだった。
「どうしたんだ、いきなり」
「だって、わたしのせいで結婚できないって」
 そんなこと気にしてたのか。
 俺は頬を緩め、クレアの頭に手を置いた。
「お前は俺に結婚して欲しいのか?」
 ん? と顔を覗き込むとクレアは唇を引き結んで頭を横に振った。
「だったら傍にいろ。そうすりゃしばらくは二人でいられる」
「うん」
 肯くクレアの頭を撫で、俺はティーカップを手に取った。

「あ、パトラ」
 風の丘亭からの帰り道、中央広場に差し掛かった所でクレアの友達にばったり出会った。小さな町だ、休みの日に外出してれば知り合いに会うことなど珍しくもない。
「クレアちゃんだ」
 二人は女同士の友情を深めるべく早速おしゃべりに没頭し始めた。こうなってしまうと俺の出る幕は一秒としてない。仕方なく頬を指で掻いてから俺は近くのベンチに腰を下ろした。ベンチに座ってぼけーっとするのも悪くないだろ。
 ベンチには先客がいた。といってもそれは人ではなく紙袋だったが。誰かの忘れ物だろうか。俺が手にしているシュークリームが入った紙袋とよく似ている。
 間違えないようにしないとな、と思いながら紙袋をベンチに置いたとき隣に一人の男が座った。男は紙袋を一瞥し、腕を組む。どうやら持ち主が戻ってきたらしい。
 俺は手足をだらんと伸ばし、目を閉じた。空から降り注ぐ日の光と暖かく緩やかな風。自然が全力で俺に寝てくださいとお願いしている。大きく開けた口からは記録物の大あくびが漏れた。
 寝不足ってわけでもないんだけどな。なんてことを考えているうちに意識はどんどん深く、気持ちのいい所に落ちていく。
 町のざわめきも耳に入ってこなくなった。その時だ。
「わっ!」
「ぬわっ!」
 いきなり耳元でした声のせいで跳ね起き、ベンチからずり落ちる俺。
 半分しか開いてない目で辺りを見回すとクレアとパトラが俺の横で大笑いしていた。
「クレアちゃんのお兄ちゃんっておもしろーい」
「でしょ、でしょ」
 こらクレア、おもちゃを自慢するような口調で言うんじゃない。
 俺は息を吐いてベンチに座りなおした。クレアとパトラはひとしきり笑うと互いに手を振った。
「じゃあクレアちゃん、また見せてね」
「うん。いつでもいいよ」
「俺は珍獣か?」
 そんな俺の呻き声に反応してくれる人は誰一人としていなかった。ちょっと寂しい。
 隣に目をやればさっきまでいた男もいなくなっており、紙袋もなくなっていた。
 間違って持って行ってないよな。
 紙袋をチェックすると中にはちゃんとシュークリームが入っていた。
 立ち上がって大きく伸びをする。いまこの場所にベッドがあったら三秒で熟睡できるな。
「帰るか」
「うん」
 差し出されたクレアの手をとり、俺は家に向かって歩きだした。

「シュークリームっ、シュークリームっ」
「分かったからテーブル叩きながら歌うなって」
 家に戻ってきた俺たちは食堂に直行した。もちろんシュークリームを食べるためだ。この場に母親なるものがいれば「晩御飯食べられなくなるから明日にしなさい」なんて言われるんだろうけど。クレアはもちろんのこと、俺も基本的に欲望には忠実だった。
 俺もクレアも晩御飯よりシュークリームが食べたいのだ。
 というわけで買ってきたシュークリームを皿に載せ、クレアと互いににやけたりする。
「早く、早く」
「はい。じゃあ頂きます」
「いただきまーす」
 シュークリームを手に取り、豪快にかぶりつく俺。はみ出したクリームが指につくことなんて大した問題じゃない。落としさえしなければそれでよかった。
 しかしこの絶妙な皮の弾力といいクリームの甘さといいやっぱりいい仕事するなぁマスターは。
 大きな幸せを噛み締め、最初の一口を飲み下した時だった。急に庭の方が騒がしくなる。眉根を寄せてクレアを見れば、まさしく最初の一口にかかろうかというところで口をあんぐりと開けて固まっていた。
「待てっ!」
「逃がすなっ!」
 なぜかウチの庭からそんな声が聞こえてくる。不審に思った俺が様子を見に行こうと立ち上がった……その時だった。
 食堂と庭をつなぐ扉が吹き飛ぶような勢いで開け放たれ、一人の男が転がり込んできた。男は前のめりになった体を無理やり引き起こすと、一瞬迷ったような顔をした後で俺に向かって突っ込んでくる。
 反射的に男の顔面にカウンターで蹴りを入れそうになった俺だが、さらに食堂になだれ込んできた面々についつい固まってしまった。
 黒の制服に腰にはショートソード。この町の警備兵の皆さんだ。それが二人。ちなみにその内の一人、ダークブルーの髪と目をした男は俺の幼馴染だった。名前はカートという。
「動くなっ!」
 耳元で聞かされるには余りに不快な声がする。俺の喉元にはナイフ。どうやら世に聞く「人質」とやらにされてしまったらしい。とりあえず両手を挙げてその気になってみる。正直、あまり楽しくない。まぁクレアはいつの間にか警備兵に保護されてるし別にいいんだけど。
 肩越しに一瞥した男の顔には見覚えがあった。ついさっき中央広場のベンチで隣に座っていた男だ。しかしそんな男が何でウチにナイフなんか持って乱入してきたんだ? 研ぎ直しの依頼でもなさそうだし、渡世の義理で俺の暗殺でも請け負ったんだろうか。
 なんて事を考えていたら警備兵の皆さんによる説得が始まった。
 開口一番カートが言う。
「君のしていることは間違っている」
 お、犯人の良心に訴える作戦か。
「その男には人質としての価値がないっ!」
「殺すぞっ!」
 犯人より先に絶叫する俺。
「班長、人質が混乱しています」
「くっ」
「混乱してねぇ! ある意味すっごい冷静だっ!」
 やっぱり絶叫する俺。
「絶対に苦情の投書してやる。お前ら停職処分にでもなっちまえ」
「リード、お前は勘違いをしている」
 言ってカートが一歩前に出る。彼はこちらを真っ直ぐに見つめ、言い切った。
「国家権力に勝てると思うなよ、自営業の分際で」
 俺の中で何かが切れた。
「いいから黙って仕事しろや、税金泥棒がぁぁぁぁぁっっ!」
 背後に取り付いている男のみぞおちに肘をめり込めせ、バカ警備兵二人に向かって放り投げる。
 床に転がった男を見事な手際で拘束するカート。手錠をかけられた男をもう一人の警備兵に任せ、彼はすくっと立ち上がった。それから背筋を伸ばし見事な敬礼を決める。
「ご協力感謝します。やはり市民あっての我々警備兵ですね」
「いい根性してるな、お前」
 半眼で睨む俺に向かってカートは口の端を上げて笑って見せた。
「だってお前、一瞬でも生命の危機を感じたか?」
「全然」
「だろ? じゃあ問題ないじゃないか」
 何か激しく論点がずれてるような気がするんだが。まぁ怪我も無かったことだしよしとしよう。それよりも俺には気になることがある。
「で、何が一体どうなってるんだ?」
 床に転がっている男を見下ろし、説明を求める。
「あぁ、それがな」
 と、カートが話し出したときだった。
「んべ」
 不意にクレアのそんな声がする。見ればクレアは半分かじったシュークリームを片手に舌を出していた。舌の上にはクリームにまぎれた何か、小さな石みたいなものが乗っている。それを指でつまみ上げ、しげしげと見つめるクレア。俺も一緒になって見つめてみる。
 それは赤い色をした小さな塊だった。
「宝石?」
「その通りだ」
 割って入ったカートがクレアの手から宝石を受け取る。それをハンカチで拭き、確かめるようにかざして見せた。
「こいつは盗品で、その男はバイヤーだ」
 宝石を手の内に握り、カートが続ける。
「シュークリームの中に宝石を隠して受け渡しをしていたらしいんだが」
「なるほどね。中央広場のベンチで俺のシュークリームと間違えたってわけか」
 俺が紙袋が入れ替わったのに気付かなかったのと同じように、この男も気付かなかったのだろう。仕方ないといえば仕方ない。中身は同じシュークリームだったんだから。
「中を開けてみてびっくりってわけか。それで宝石を取り戻しに来たと」
「で、お前の家の前をうろうろしてるこの男を警備中の俺たちが偶然見つけたってわけだ。つい最近人相書きが回ってきたばかりだったからな、すぐに分かったよ」
 ふうん、とカートの話を聞きながら盗品宝石のバイヤーなる男を見る。顎に手を当てた俺は男に訊いてみた。
「なぁ、何で俺の家が分かったんだ?」
 男は顔を上げ、苦笑した。
「あんた、有名人らしいな。さえない男と女の子の二人連れって言ったら誰に聞いてもここだと教えてくれたよ」
 とりあえず手近にあった椅子を投擲する俺。男は沈黙した。
「ま、まぁ後は宝石を回収すれば事件は解決だ」
 男の頭の上に乗った椅子からあえて視線を外しつつカートが言う。それから彼はテーブルの上のシュークリームを一つずつ割っていった。懐からメモを取り出し、確認していく。盗まれた宝石のリストか何かなのだろう。
 指でリストをなぞり、何度も確認するカート。何度も何度も。そう、何度も。
 この時俺の胸の中で嫌な予感という名の蛇がその鎌首を大きくもたげだしていた。
「おい」
「その、何か?」
「一個足りないんだが」
 そう言うカートの視線が俺の顔からテーブル上の「食べかけのシュークリーム」に移動する。
「これは?」
「……おいしかった」
 沈黙。
「なぁリード。下剤って結構うまいらしいぞ」
 俺はゆっくりと、でも全力で首を横に振った。
「いや、だ」
 自分の声すらどこか遠くから聞こえる。
「ちなみにそれを調べるのは鑑識の仕事になるだろうけど、喜べ。みんなとっても美人なお姉さま達だ」
「う、うぅ……」
「お兄ちゃんが泣いてる。しかもちょっと本気で」
「じゃあ早速行こうか。ほら、早くすれば早く終わるから。な?」
 そんなカートの声も右から左に抜けていく。目の前は涙でにじんでよく見えない。
 こうして盗品宝石のバイヤー一名と生ける屍リード・アークライト一名、その付き添いに少女一名が警備の詰め所に連行されることとなった。


 二日後、宝石は無事に見つかり俺は人として大切な何かを失った。
 警備から感謝の印として貰ったのは大量のシュークリームだった。
 クレアは大層喜んでいたが、俺がそのシュークリームの中身をいちいち確認しながら食べたのは言うまでもない。

ホームへ      小説の目次へ